無機質な空間。そして、人の命さえも単調なものに思わせるような、無機質な音。
ピッピと規則的にリズムを刻むその機械音が止まれば、その時私の短い人生もプツリと途切れるのだろう。
北条希美はそんなことを頭の片隅で思いながら、ベッドテーブルの上に広げた小さなノートにペンを走らせていた。右手の動きに合わせて、腕から伸びたチューブが揺れる。それはまるで、自分の命が儚く頼りないもので繋ぎとめられているかのようにも思えた。
「また小説を書いてるの?」
 ベッドの隣に座っていた母親が言った。その言葉に、希美は手元を見たまま「うん」と小さく頷く。そして、薄紅色をした唇をゆっくりと開いた。
「私、思うの。こうやって自分が書いた本をいつか誰かが読んでくれたら……もう一度この世界に戻ってこれるんじゃないかなって」
「そう……」と寂しさを滲ませた母の声。わかってる。もう自分には時間が残されていないことを。
「でもあなたは今もここにいるでしょ。だから、戻ってくる必要なんてないじゃない」
 母の言葉に、希美は静かに右手を止めた。そして、その瞳を母親へとそっと向ける。
「うん。そうだね」
 ニコリと笑って彼女は言うと、窓の外を見つめた。昨日から降り続いている雨が、相変わらず窓を叩いている。灰色に染まった四角い世界。その目と鼻の先、ほんの少し手を伸ばせば届きそうなところに見える校舎。
 私が最後の時間を過ごし、そして、最後に未来を夢見た場所。自分の人生には、もう『栞』を挟むことはできないけれど、きっとあそこなら……。
「お母さん」と再び母を呼んだ希美に、「どうしたの?」と優しい声が返ってくる。すると希美はすっと小さく息を吸い、ゆっくりと唇を開いた。
「今度外出できる時があれば、どうしても行きたいところがあるの」