誠が木下と出会ったのは、伊都が自宅謹慎となった翌日の、学校帰りだった。
帰りはいつも伊都と一緒だったので、一人というのがものすごく寂しく感じた。
ここに引っ越してくる前までは、一人で帰るなど当たり前だったのに。やはり人間、一度友達という存在を知ると、孤独に戻ることはなかなか困難なのだと悟った。
寂しさを紛らわしたくて、いつも伊都と別れる公園に寄った。学校帰りの小学生たちが楽しそうに遊んでいる。
誠は、ベンチに座った。するとその数分後、白衣を着た男性が隣に座った。この季節に白衣など、珍しい。暑くないのだろうか。
そんなことを考えていたら、突然「ねえ、君」と話しかけられた。
「え、あ、はい……」
まさか話しかけてくるとは思っていなかったので、蚊の鳴くような声で返事をしてしまう。
「青いパーカーを着た、十二、三歳の女の子、見なかったかい?」
「え、青いパーカー……?」
人探しだろうか。随分とアバウトな情報だが。
「そう。見てないかな?」
十二、三歳の女の子なら、この公園にいそうな気もするが……と思い、遊んでいる子供たちに目を向けてみた。すると、それに気がついた白衣の男が、
「あ、多分、この公園にはいないよ。彼女は、そういうタイプの人じゃないから」
と言ってきた。
「子どもなんだけど、すごい大人なんだ。だから、あんな風に元気よく遊んだりはしない」
「は、はぁ……」
子どもだけど、大人? その矛盾の意味が、誠には分からなかった。
「で、それを踏まえて、見たかい?」
「見てないですね……」
っていうかそんな人知りません。と思わず言いそうになり、飲み込んだ。
「やっぱり、見てないよね」
男はため息をついた。
「……あの、その人は、ご家族ですか?」
「いや、そうじゃなくてね。彼女は……その、不老者なんだ」
「不老者……って、歳を取らないっていう病気の……?」
「え、知ってるの?」
男は意外そうな顔をした。
「まあ、多少は……」
「じゃあ、きっと研究者の不老者研究グループのことも知っているね?」
「ああ、エリートグループの……」
「私は、研究者なんだ。だから、不老者を探している」
「えっ!?」
耳を疑った。
研究者。それは、誠にとって高嶺の花だった。
「ぼ、僕、会いたかったんです。研究者の方に」
そもそも誠の夢は研究者だ。研究者に会いたいと、常日頃思っていたが、まさかこんなにも早く会えるとは。あまりにも突然過ぎて、実感がわかない。
誠は、自分の夢を話した。すると、男は笑顔になって、
「そうなのか! それは嬉しいね。そうだ、良かったら、私の研究所に来てみるかい?」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん。その代わりと言ってはなんだけど、さっきの子を探すのに協力してくれないかな? もし、協力してくれたら、君が研究者になれるように、サポート出来るかもしれない」
夢のような話に、誠は目を輝かせた。
「ぜひ、協力させてください!」
こうして誠は、その男――後に木下渡と名乗った――に協力することになったのだ。
そしてある日の塾の帰り道で、伊都が連れていた、フーカと名乗る可愛らしい少女に出会った。
誠は驚いた。その少女は、青いパーカーを着ていたからだ。歳も十二か十三くらいで、その他の木下から聞いていた特徴もほぼ全て当てはまっていた。
違っていたのが、振る舞いだ。木下は大人のように振舞うと言っていたが、どう見ても歳相応の子どもらしい振舞いだった。
だが、それ以外は合っていたので、一応木下に報告はした。すると、フーカこそが、探している不老者だと思った木下は、何とか確信に変えるため一目見ようと、細かな指示を誠に出してきた。
それがあの、講演会だった。フーカは、伊都に着いてくる。それならば、伊都を講演会に誘えば、彼女もやってくるだろうと踏んだのだ。結果、フーカは来なかった。これは予想外だった。
しかし、不老者、立花久美子の写真を見たことで、伊都が戸惑いを見せた。
真実を認めようとしない伊都に、誠は彼女に直接確かめるよう、かなりしつこく言った。
ちなみに、これも木下の指示だった。しつこく言えば、彼女が不老者だったか、そうでなかったかの連絡を、あちらから勝手にしてくるだろう、と言っていたのだ。事実そうなった。
『フーカはやっぱり立花久美子だった』
講演会があった日の夜、伊都からこの一文が送られてきた。早速連絡しようと、木下の電話番号を押した。しかしその最中に『このことは誰にも言わないでくれ』と通知が来た。
誠は、番号を押す指を止めた。どういうことだろうか。伊都に事情を聞こうと、アプリを開いて既読をつけた時、木下から電話がかかってきた。
「彼からの連絡はあったかい?」
早く情報をくれという、催促の電話だった。結局、誠はこの電話で、フーカが立花久美子であることを話してしまったのだ。
そして後日、久美子は無事に保護された。誠がほっと胸をなで下ろしていると、木下から連絡が来た。「学会に出てくれないか?」というものだった。
ちょうど始業式と被っていたのだが、伊都の言いつけを破ってしまって、彼と会うのが気まずかったので、学校には行かず、親に内緒で学会に参加した。
会場にいくと、ステージ裏の控え室に案内された。
まだ始まるまで時間があったので、椅子に座って待つことにした。しかし、誠はまだもやもやとしていた。『誰にも言わないでくれ』という伊都からの一文が、頭から離れないのだ。
あれは、どういう意味なのだろう。久美子は一人では生きていかれないから、保護されるべき存在であるはずだ。それなのに、どうして伊都はあんなことを言ったのだろう。
「…………」
考えても分からないし、分かるはずもない。だからあの時、聞くべきだった。どういう事なのかを、木下からの電話を切り、伊都に電話するべきだった。
だが、もう遅い。誠は、裏切ってしまったのだ。たった一人の友達を裏切り、木下の言うことを聞いてしまった。それもこれも、夢の為……。
「あ………」
早い話が誠は、夢を叶えたいが為に伊都を利用したのだ。彼はようやく、自分がやってきた事の最低さに気がついた。
「僕は……」
転校してきてやっと出来た、たった一人の友達。自分は、そんな大切な人を利用してしまった。気がつけば、急いで荷物をまとめて、彼は部屋を飛び出していた。
伊都に会いたいと思った。
こんな最低な自分に、会う資格などないのは分かっていたし、きっと会ったところで、絶交だと言われるだけだろう。だが、せめて全てを告白したい。その上で言われるのなら構わない。完全に、自分勝手な理由だった。
誠が廊下を走っていると、運悪く木下とすれ違った。
「どこに行くのかな?」
「あっ……えっと」
帰ろうとしていたとは言えず、「トイレです」と誤魔化した。
「トイレならあっちだよ」
と、木下は誠が向かおうとしていた逆の方向を指さした。
「ど、どうも……」
誠は、弱々しくお礼を言った。
ふと、木下の隣にいる少女に気がついた。向こうもこちらに気がついたらしく、小さな声で「マコト……」と言った。
「フーカちゃん……」
以前見た、元気な彼女の面影はなかった。目は虚ろで、今にも倒れそうなほど顔色が悪い。
見ているのが耐えられなくなって、誠は目線を逸らした。彼女をこんなふうにしたのは、自分だ。あんなに幸せそうだった彼女を、不幸のどん底に叩き落としてしまったのだ。
「マコト……ごめんね」
「え?」
「本……返してなかった……」
「あ……」
そう言えば、以前、家に来た時に、誠は彼女に本を貸していた。
「あとで、イトから受け取って……。直接返せなくて、ごめんなさい……」
「そんなの、気にしなくていいよ」
「ありがとう。マコトは、優しいね」
その言葉に、誠の胸がチクリと痛んだ。
優しくなんかない。僕は君も伊都も裏切ったんだ。最低だよ。
「……あの本、どうだった?」
湧き出た黒い感情をかき消すように、聞いてみる。彼女は、微笑みながら、
「すごく面白かった。……またいつか、続き、読ませてね」
と言って、一人奥に歩いていった。
「『いつか』ね。ふっ……」
木下が鼻で笑った。なぜ笑うのだろう。誠には分からなかった。
「それでは、一ノ瀬くん。また後ほど」
木下がその場を去ろうとした。
「あ、あの、木下さん」
誠は、咄嗟に呼び止めた。やはり、どうしても気になったのだ。伊都のあの一文の意味が。
「フーカちゃん………立花久美子さんを、探していた理由って、本当に彼女の身体が弱いからですか?」
木下は確かあの講演会でそんなことを言っていた。しかし、そんな理由で伊都が、誰にも言うな、という文章を送るとは思えなかった。
「うーん……。君には本当のことを話しておいた方が良さそうだね」
「え?」
「私たち研究者はね、不老者をとある施設に集めて、実験に利用してきたんだ。ところが彼女は逃げ出した。だから、探していたんだよ。再び何かしらの形で利用できるように」
「………」
誠は、言葉が出なかった。まさか、そんな目的で彼女を探していたとは。
「……どうして」
「ん?」
「どうして、そんなこと……」
「まあ、単純に言えば、お金かな。実験で薬が出来れば儲かるし、不老者たちの臓器も高く売れる。あと、彼らの身体の部位も高値がつくんだ。一部で、不老者の身体のどこかを持っていると、長生きできるとか、永遠の若さが手に入るとか、そんな考えを持っている人たちがいてね」
木下は、左手にした腕時計を見て「それじゃあ、また」と奥に消えていった。
「………」
誠は、その場に立ち尽くしていた。
知らなかった。
自分は、本当になんてことをしてしまったのだろう。あんな犯罪まがいのことに自ら協力してしまっただなんて。いや、それよりも、フーカを死に追いやる手伝いをしてしまったなんて。
ふと、先程のフーカの言葉を思い出した。
『またいつか、続き読ませてね』
どうして木下が、いつか、という言葉に笑ったのかようやく分かった。
このまま実験に利用されてしまえば、彼女に続きを読む日は、永遠に来ないからだ。
誠は、制服の裾をギュッと掴んだ。幼い頃から、昂る感情を抑えるためにしてしまう癖だ。
「僕は、最低だ……」
当たり前のことを呟いてみても、誠の中の黒い感情は、消えなかった。
帰りはいつも伊都と一緒だったので、一人というのがものすごく寂しく感じた。
ここに引っ越してくる前までは、一人で帰るなど当たり前だったのに。やはり人間、一度友達という存在を知ると、孤独に戻ることはなかなか困難なのだと悟った。
寂しさを紛らわしたくて、いつも伊都と別れる公園に寄った。学校帰りの小学生たちが楽しそうに遊んでいる。
誠は、ベンチに座った。するとその数分後、白衣を着た男性が隣に座った。この季節に白衣など、珍しい。暑くないのだろうか。
そんなことを考えていたら、突然「ねえ、君」と話しかけられた。
「え、あ、はい……」
まさか話しかけてくるとは思っていなかったので、蚊の鳴くような声で返事をしてしまう。
「青いパーカーを着た、十二、三歳の女の子、見なかったかい?」
「え、青いパーカー……?」
人探しだろうか。随分とアバウトな情報だが。
「そう。見てないかな?」
十二、三歳の女の子なら、この公園にいそうな気もするが……と思い、遊んでいる子供たちに目を向けてみた。すると、それに気がついた白衣の男が、
「あ、多分、この公園にはいないよ。彼女は、そういうタイプの人じゃないから」
と言ってきた。
「子どもなんだけど、すごい大人なんだ。だから、あんな風に元気よく遊んだりはしない」
「は、はぁ……」
子どもだけど、大人? その矛盾の意味が、誠には分からなかった。
「で、それを踏まえて、見たかい?」
「見てないですね……」
っていうかそんな人知りません。と思わず言いそうになり、飲み込んだ。
「やっぱり、見てないよね」
男はため息をついた。
「……あの、その人は、ご家族ですか?」
「いや、そうじゃなくてね。彼女は……その、不老者なんだ」
「不老者……って、歳を取らないっていう病気の……?」
「え、知ってるの?」
男は意外そうな顔をした。
「まあ、多少は……」
「じゃあ、きっと研究者の不老者研究グループのことも知っているね?」
「ああ、エリートグループの……」
「私は、研究者なんだ。だから、不老者を探している」
「えっ!?」
耳を疑った。
研究者。それは、誠にとって高嶺の花だった。
「ぼ、僕、会いたかったんです。研究者の方に」
そもそも誠の夢は研究者だ。研究者に会いたいと、常日頃思っていたが、まさかこんなにも早く会えるとは。あまりにも突然過ぎて、実感がわかない。
誠は、自分の夢を話した。すると、男は笑顔になって、
「そうなのか! それは嬉しいね。そうだ、良かったら、私の研究所に来てみるかい?」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん。その代わりと言ってはなんだけど、さっきの子を探すのに協力してくれないかな? もし、協力してくれたら、君が研究者になれるように、サポート出来るかもしれない」
夢のような話に、誠は目を輝かせた。
「ぜひ、協力させてください!」
こうして誠は、その男――後に木下渡と名乗った――に協力することになったのだ。
そしてある日の塾の帰り道で、伊都が連れていた、フーカと名乗る可愛らしい少女に出会った。
誠は驚いた。その少女は、青いパーカーを着ていたからだ。歳も十二か十三くらいで、その他の木下から聞いていた特徴もほぼ全て当てはまっていた。
違っていたのが、振る舞いだ。木下は大人のように振舞うと言っていたが、どう見ても歳相応の子どもらしい振舞いだった。
だが、それ以外は合っていたので、一応木下に報告はした。すると、フーカこそが、探している不老者だと思った木下は、何とか確信に変えるため一目見ようと、細かな指示を誠に出してきた。
それがあの、講演会だった。フーカは、伊都に着いてくる。それならば、伊都を講演会に誘えば、彼女もやってくるだろうと踏んだのだ。結果、フーカは来なかった。これは予想外だった。
しかし、不老者、立花久美子の写真を見たことで、伊都が戸惑いを見せた。
真実を認めようとしない伊都に、誠は彼女に直接確かめるよう、かなりしつこく言った。
ちなみに、これも木下の指示だった。しつこく言えば、彼女が不老者だったか、そうでなかったかの連絡を、あちらから勝手にしてくるだろう、と言っていたのだ。事実そうなった。
『フーカはやっぱり立花久美子だった』
講演会があった日の夜、伊都からこの一文が送られてきた。早速連絡しようと、木下の電話番号を押した。しかしその最中に『このことは誰にも言わないでくれ』と通知が来た。
誠は、番号を押す指を止めた。どういうことだろうか。伊都に事情を聞こうと、アプリを開いて既読をつけた時、木下から電話がかかってきた。
「彼からの連絡はあったかい?」
早く情報をくれという、催促の電話だった。結局、誠はこの電話で、フーカが立花久美子であることを話してしまったのだ。
そして後日、久美子は無事に保護された。誠がほっと胸をなで下ろしていると、木下から連絡が来た。「学会に出てくれないか?」というものだった。
ちょうど始業式と被っていたのだが、伊都の言いつけを破ってしまって、彼と会うのが気まずかったので、学校には行かず、親に内緒で学会に参加した。
会場にいくと、ステージ裏の控え室に案内された。
まだ始まるまで時間があったので、椅子に座って待つことにした。しかし、誠はまだもやもやとしていた。『誰にも言わないでくれ』という伊都からの一文が、頭から離れないのだ。
あれは、どういう意味なのだろう。久美子は一人では生きていかれないから、保護されるべき存在であるはずだ。それなのに、どうして伊都はあんなことを言ったのだろう。
「…………」
考えても分からないし、分かるはずもない。だからあの時、聞くべきだった。どういう事なのかを、木下からの電話を切り、伊都に電話するべきだった。
だが、もう遅い。誠は、裏切ってしまったのだ。たった一人の友達を裏切り、木下の言うことを聞いてしまった。それもこれも、夢の為……。
「あ………」
早い話が誠は、夢を叶えたいが為に伊都を利用したのだ。彼はようやく、自分がやってきた事の最低さに気がついた。
「僕は……」
転校してきてやっと出来た、たった一人の友達。自分は、そんな大切な人を利用してしまった。気がつけば、急いで荷物をまとめて、彼は部屋を飛び出していた。
伊都に会いたいと思った。
こんな最低な自分に、会う資格などないのは分かっていたし、きっと会ったところで、絶交だと言われるだけだろう。だが、せめて全てを告白したい。その上で言われるのなら構わない。完全に、自分勝手な理由だった。
誠が廊下を走っていると、運悪く木下とすれ違った。
「どこに行くのかな?」
「あっ……えっと」
帰ろうとしていたとは言えず、「トイレです」と誤魔化した。
「トイレならあっちだよ」
と、木下は誠が向かおうとしていた逆の方向を指さした。
「ど、どうも……」
誠は、弱々しくお礼を言った。
ふと、木下の隣にいる少女に気がついた。向こうもこちらに気がついたらしく、小さな声で「マコト……」と言った。
「フーカちゃん……」
以前見た、元気な彼女の面影はなかった。目は虚ろで、今にも倒れそうなほど顔色が悪い。
見ているのが耐えられなくなって、誠は目線を逸らした。彼女をこんなふうにしたのは、自分だ。あんなに幸せそうだった彼女を、不幸のどん底に叩き落としてしまったのだ。
「マコト……ごめんね」
「え?」
「本……返してなかった……」
「あ……」
そう言えば、以前、家に来た時に、誠は彼女に本を貸していた。
「あとで、イトから受け取って……。直接返せなくて、ごめんなさい……」
「そんなの、気にしなくていいよ」
「ありがとう。マコトは、優しいね」
その言葉に、誠の胸がチクリと痛んだ。
優しくなんかない。僕は君も伊都も裏切ったんだ。最低だよ。
「……あの本、どうだった?」
湧き出た黒い感情をかき消すように、聞いてみる。彼女は、微笑みながら、
「すごく面白かった。……またいつか、続き、読ませてね」
と言って、一人奥に歩いていった。
「『いつか』ね。ふっ……」
木下が鼻で笑った。なぜ笑うのだろう。誠には分からなかった。
「それでは、一ノ瀬くん。また後ほど」
木下がその場を去ろうとした。
「あ、あの、木下さん」
誠は、咄嗟に呼び止めた。やはり、どうしても気になったのだ。伊都のあの一文の意味が。
「フーカちゃん………立花久美子さんを、探していた理由って、本当に彼女の身体が弱いからですか?」
木下は確かあの講演会でそんなことを言っていた。しかし、そんな理由で伊都が、誰にも言うな、という文章を送るとは思えなかった。
「うーん……。君には本当のことを話しておいた方が良さそうだね」
「え?」
「私たち研究者はね、不老者をとある施設に集めて、実験に利用してきたんだ。ところが彼女は逃げ出した。だから、探していたんだよ。再び何かしらの形で利用できるように」
「………」
誠は、言葉が出なかった。まさか、そんな目的で彼女を探していたとは。
「……どうして」
「ん?」
「どうして、そんなこと……」
「まあ、単純に言えば、お金かな。実験で薬が出来れば儲かるし、不老者たちの臓器も高く売れる。あと、彼らの身体の部位も高値がつくんだ。一部で、不老者の身体のどこかを持っていると、長生きできるとか、永遠の若さが手に入るとか、そんな考えを持っている人たちがいてね」
木下は、左手にした腕時計を見て「それじゃあ、また」と奥に消えていった。
「………」
誠は、その場に立ち尽くしていた。
知らなかった。
自分は、本当になんてことをしてしまったのだろう。あんな犯罪まがいのことに自ら協力してしまっただなんて。いや、それよりも、フーカを死に追いやる手伝いをしてしまったなんて。
ふと、先程のフーカの言葉を思い出した。
『またいつか、続き読ませてね』
どうして木下が、いつか、という言葉に笑ったのかようやく分かった。
このまま実験に利用されてしまえば、彼女に続きを読む日は、永遠に来ないからだ。
誠は、制服の裾をギュッと掴んだ。幼い頃から、昂る感情を抑えるためにしてしまう癖だ。
「僕は、最低だ……」
当たり前のことを呟いてみても、誠の中の黒い感情は、消えなかった。