遅すぎる。
会場内では、舞子が苛ついていた。先に行ってろとは言われたから、先に着いたのは当たり前なのだが、それからだいぶ時間が経つ。ちっとも唯斗が来ないのだ。
会場には続々と人が集まってくる。それが一層、舞子の心を不安にした。
「悪い、遅くなった」
唯斗がようやく来た。ホッというため息が出そうになるが、慌てて飲み込む。
「なんでこんなに時間かかったのよ」
「少し迷った」
「え?」
そんな迷うような距離だろうか。
少し気になったが、それ以上突っ込むのはやめた。
唯斗が舞子の隣の椅子に座った時、学会が始まった。会場の照明が少し落とされ、ステージ上に出てきた人物に照明が当たる。
「本日は、急にもかかわらずお越しくださって、ありがとうございます。司会を務めさせていただきます、木下 渡です」
舞子は、手にぐっと力を入れた。間違いない。この人が、あの施設を造った、「キノシタ」だ。
「皆さんをお呼びしたのは、他でもない立花久美子の事なのですが、皆さんは疑問に思われてるのではないでしょうか。長年探してきても見つからなかった彼女をどうして保護することができたのかと」
確かに疑問だった。あれだけ、見つからないと騒いでいたのに、あっけなく彼女は保護されてしまったのだ。なにかあるに違いない、と舞子は思っていた。
「実は、ある人に協力をしてもらったのです。今日はその人に来ていただいています。拍手でお迎えください!」
会場に響き渡る拍手の音。舞子は、拍手する気などさらさらなかったが、一応周りに合わせておこうと、手を叩いた。
ステージに登場したのは、高校生くらいの男の子だった。照明の明るさに目を細め、恥ずかしいのか若干下を向いて制服を掴んでいる。
「……あれ?」
「どうした」
「制服……うちの学校のだわ」
それに、どこかで見たことがあるような顔立ちである。
「彼は、一ノ瀬誠くんです。今回、立花久美子の捜索に全面協力をしてくれました。彼がいなければ、彼女を見つけることは不可能でした。もう一度、彼に大きな拍手を!」
先程の迎えの拍手とは比べ物にならないくらいの大きな拍手が起こった。
彼は――一ノ瀬誠は、深々とお辞儀をし、ステージ袖に消えていった。
「続きまして、改めて立花久美子のことについて、この方にお話を頂こうと思います」
学会は進んでいたが、舞子は先程の彼のことで頭がいっぱいだった。名前まで聞いても、どこで見たのかは思い出せなかった。
舞子は考えた。考えても分からない気がしたが、気になって仕方がなかった。このモヤが晴れたら、何かが変わる気がした。
だが、次の瞬間、舞子の思考は停止した。
「それでは、穂積武先生、ご登壇ください」
会場はまたもや拍手に包まれる。
「穂積………?」
まさか。
ステージ上に現れたのは、紛れもない。伊都の担任、生徒指導の穂積だった。
「なんで、なんで……」
何故彼が、ここにいるのだ。まさか、彼は研究者だというのか。そんなはずはない。彼は教師だ。
「穂積先生は、不老者研究グループの創始者で、長年、研究者としてご活躍されてきました。今回は特別に、お越しいただきました」
穂積は、一礼をして、木下と対話を始めた。知らなかった。彼が創始者だったなんて。驚きの連続であった。
やがて、木下との対話が終わり、穂積がステージからいなくなった。
ここで、一旦休憩となる。舞子は、すぐに席を立ち上がり、急いで会場を出た。
穂積を探した。聞きたいことが山ほどあった。もう自分が研究者だとばれても、構わない。
「いた!」
穂積は、ロビーでソファに座り、携帯を見ていた。
「穂積先生!」
呼びかけに反応した穂積は、舞子を見て目を丸くした。
「田沢先生……? どうしてここに」
「私、研究者なんです。あの、先生、不老者研究グループの創始者って、本当ですか?」
「………」
穂積は、下を向いて黙っていたが、やがて小さく頷いた。そして、ため息混じりに、
「本当は今日来たくなかったんだがね。木下くんがどうしてもと言うから、仕方なく」
と言った。
「あなたと木下……さんは、どう言ったご関係なんですか?」
「かつて彼は私の助手だった。とても従順で、アイデアマンで、いい助手だった。だが、私が引退した後、彼はとんでもないプロジェクトを始めたんだ」
「プロジェクトって……例の、施設の……?」
「そうだ。そのおかげで、このグループの理念は、不老者の救済から利用へと変わってしまった」
穂積は、再度ため息をついた。
「私のせいだ。私が立ち上げたグループが、結果的に、多くの不老者や不老者の家族を傷つけることになってしまった」
「…………」
先生のせいでは、ないですよ。そのような言葉をかけるのが正解なのだろう。
しかし、舞子には言えなかった。どうしても頭の中に理恵がチラついてしまうのだ。彼女は、穂積のせいで死んだ。舞子は穂積に憤りを覚えた。
だが、彼を責めても何も変わらない。それは舞子にも分かっていた。
「でも、私にはもうこの負の連鎖は止められない。本当に無責任な話だと思う。分かっているんだ。だが、引退してしまった以上、彼らの研究には口出しすることが出来ない」
穂積は、申し訳なさそうに言った。膝の上のこぶしは、固く握られ、震えていた。
「このグループに、不老者を助けたいという研究者がいれば、彼を止めることが出来るのかもしれないが、おそらく今は居ないのだろうな……」
「……居ますよ」
「え?」
「少なくとも、私はそうです」
気がついたら舞子は言っていた。
「でも、木下くん主催の学会に参加するには、彼の下についている必要があるんじゃないか? もし、君が言っていることが本当なら、君は裏切っていることになる」
「そうです。私は、スパイなんです」
正直に告白すれば、自分の命が危険にさらされる。そんなことは分かっていたが、言わずにはいられなかった。
「私が、断ち切ります」
「田沢先生……」
「私が、私たちが、この負の連鎖を断ち切ります。そして、立花久美子を幸せにします」
穂積は、舞子を見つめ、しばらく黙っていた。やがて、立ち上がり、
「……どうか、よろしく頼む」
と頭を下げた。
これで、彼に頭を下げられるのは二回目だ。そんなことを考えながら、舞子は力強く「はい」と頷いた。
会場内では、舞子が苛ついていた。先に行ってろとは言われたから、先に着いたのは当たり前なのだが、それからだいぶ時間が経つ。ちっとも唯斗が来ないのだ。
会場には続々と人が集まってくる。それが一層、舞子の心を不安にした。
「悪い、遅くなった」
唯斗がようやく来た。ホッというため息が出そうになるが、慌てて飲み込む。
「なんでこんなに時間かかったのよ」
「少し迷った」
「え?」
そんな迷うような距離だろうか。
少し気になったが、それ以上突っ込むのはやめた。
唯斗が舞子の隣の椅子に座った時、学会が始まった。会場の照明が少し落とされ、ステージ上に出てきた人物に照明が当たる。
「本日は、急にもかかわらずお越しくださって、ありがとうございます。司会を務めさせていただきます、木下 渡です」
舞子は、手にぐっと力を入れた。間違いない。この人が、あの施設を造った、「キノシタ」だ。
「皆さんをお呼びしたのは、他でもない立花久美子の事なのですが、皆さんは疑問に思われてるのではないでしょうか。長年探してきても見つからなかった彼女をどうして保護することができたのかと」
確かに疑問だった。あれだけ、見つからないと騒いでいたのに、あっけなく彼女は保護されてしまったのだ。なにかあるに違いない、と舞子は思っていた。
「実は、ある人に協力をしてもらったのです。今日はその人に来ていただいています。拍手でお迎えください!」
会場に響き渡る拍手の音。舞子は、拍手する気などさらさらなかったが、一応周りに合わせておこうと、手を叩いた。
ステージに登場したのは、高校生くらいの男の子だった。照明の明るさに目を細め、恥ずかしいのか若干下を向いて制服を掴んでいる。
「……あれ?」
「どうした」
「制服……うちの学校のだわ」
それに、どこかで見たことがあるような顔立ちである。
「彼は、一ノ瀬誠くんです。今回、立花久美子の捜索に全面協力をしてくれました。彼がいなければ、彼女を見つけることは不可能でした。もう一度、彼に大きな拍手を!」
先程の迎えの拍手とは比べ物にならないくらいの大きな拍手が起こった。
彼は――一ノ瀬誠は、深々とお辞儀をし、ステージ袖に消えていった。
「続きまして、改めて立花久美子のことについて、この方にお話を頂こうと思います」
学会は進んでいたが、舞子は先程の彼のことで頭がいっぱいだった。名前まで聞いても、どこで見たのかは思い出せなかった。
舞子は考えた。考えても分からない気がしたが、気になって仕方がなかった。このモヤが晴れたら、何かが変わる気がした。
だが、次の瞬間、舞子の思考は停止した。
「それでは、穂積武先生、ご登壇ください」
会場はまたもや拍手に包まれる。
「穂積………?」
まさか。
ステージ上に現れたのは、紛れもない。伊都の担任、生徒指導の穂積だった。
「なんで、なんで……」
何故彼が、ここにいるのだ。まさか、彼は研究者だというのか。そんなはずはない。彼は教師だ。
「穂積先生は、不老者研究グループの創始者で、長年、研究者としてご活躍されてきました。今回は特別に、お越しいただきました」
穂積は、一礼をして、木下と対話を始めた。知らなかった。彼が創始者だったなんて。驚きの連続であった。
やがて、木下との対話が終わり、穂積がステージからいなくなった。
ここで、一旦休憩となる。舞子は、すぐに席を立ち上がり、急いで会場を出た。
穂積を探した。聞きたいことが山ほどあった。もう自分が研究者だとばれても、構わない。
「いた!」
穂積は、ロビーでソファに座り、携帯を見ていた。
「穂積先生!」
呼びかけに反応した穂積は、舞子を見て目を丸くした。
「田沢先生……? どうしてここに」
「私、研究者なんです。あの、先生、不老者研究グループの創始者って、本当ですか?」
「………」
穂積は、下を向いて黙っていたが、やがて小さく頷いた。そして、ため息混じりに、
「本当は今日来たくなかったんだがね。木下くんがどうしてもと言うから、仕方なく」
と言った。
「あなたと木下……さんは、どう言ったご関係なんですか?」
「かつて彼は私の助手だった。とても従順で、アイデアマンで、いい助手だった。だが、私が引退した後、彼はとんでもないプロジェクトを始めたんだ」
「プロジェクトって……例の、施設の……?」
「そうだ。そのおかげで、このグループの理念は、不老者の救済から利用へと変わってしまった」
穂積は、再度ため息をついた。
「私のせいだ。私が立ち上げたグループが、結果的に、多くの不老者や不老者の家族を傷つけることになってしまった」
「…………」
先生のせいでは、ないですよ。そのような言葉をかけるのが正解なのだろう。
しかし、舞子には言えなかった。どうしても頭の中に理恵がチラついてしまうのだ。彼女は、穂積のせいで死んだ。舞子は穂積に憤りを覚えた。
だが、彼を責めても何も変わらない。それは舞子にも分かっていた。
「でも、私にはもうこの負の連鎖は止められない。本当に無責任な話だと思う。分かっているんだ。だが、引退してしまった以上、彼らの研究には口出しすることが出来ない」
穂積は、申し訳なさそうに言った。膝の上のこぶしは、固く握られ、震えていた。
「このグループに、不老者を助けたいという研究者がいれば、彼を止めることが出来るのかもしれないが、おそらく今は居ないのだろうな……」
「……居ますよ」
「え?」
「少なくとも、私はそうです」
気がついたら舞子は言っていた。
「でも、木下くん主催の学会に参加するには、彼の下についている必要があるんじゃないか? もし、君が言っていることが本当なら、君は裏切っていることになる」
「そうです。私は、スパイなんです」
正直に告白すれば、自分の命が危険にさらされる。そんなことは分かっていたが、言わずにはいられなかった。
「私が、断ち切ります」
「田沢先生……」
「私が、私たちが、この負の連鎖を断ち切ります。そして、立花久美子を幸せにします」
穂積は、舞子を見つめ、しばらく黙っていた。やがて、立ち上がり、
「……どうか、よろしく頼む」
と頭を下げた。
これで、彼に頭を下げられるのは二回目だ。そんなことを考えながら、舞子は力強く「はい」と頷いた。