「で、それはいけそうなん?」
周囲では笑い声が飛び交う喧騒の中、大樹は小指を唇に添えて頬杖をつき、おしゃれなカフェではとても似合いそうな、この場ではひどく浮いてしまうポーズとミックスジュースのように甘い視線で私を見ていた。もはや職業病だろうそれをしり目に、私はレモンサワーに移る自分の姿に目を落としていた。
「う~ん、なんとも言えない。岳くんの好みなんて、ロングヘアーくらいしか知らないし」
私は嘆息を漏らしてしまうと、大樹はたいへん興味なさげで、盛大に欠伸をしていた。私は一睨みしてから、レモンサワーを煽った。
そうは言ったものの、この情報もただ、岳くんこと『アガ』がロングヘアーの女の子しか描いていないという、あくまで予想にしかすぎないことだった。圧倒的情報不足。だとしても、なんの脈略もなしに聞き出すことなんてできる訳がなく、なにも活路を見いだせずにいた。
今日は大樹と居酒屋に来ていて、世間話やら噂話、そして主に愚痴を摘まみに酒を飲んでいた。といっても、ほとんど話していたのは私で、適当とはいえ、大樹は聞き役に徹してくれていた。それでも、私としてはありがたかった。普段の私はイエスマンで、他人の話を聞いて肯定するだけ、基本的にほとんど自分のことを話すことはない。だからこそ、大樹の存在は私にとってのストレス発散気になっていて、たいがい会うときはそういうときだった。ときには立場が逆になったりする。それは大樹も私と似ていて、女子に反抗することが滅多にないから、嫌でもストレスが溜まるのだ。つまり、私たちはとてもwinwinな関係なのだ。こういう関係になるのは、お互い恋愛対象として見ていないからこそだろう。腐れ縁とはいえ、大樹は重要な友人だ。まあ決して本人には言わないけど。
さっきから話していたのは、『岳くんと琴音をくっつけよう大作戦(仮)』のこと。とうぜん二人の知られたくないであろう、あれこれを省きつつ、愚痴を合い間に挟みながら説明していた。
私がレモンサワーを一気に飲み干し、店員を呼んで梅酒のソーダ割りを注文した。つまみの焼き鳥を食べていると、がらになく大樹が腕を組んで悩んでいるのに気づいて、私はつい首を傾げてしまった。すると大樹はとうとつに言葉を零した。
「うーん。好みとか、あんま関係ないんじゃね?」
「どうして?」
「いや、なんかさ、人を好きになるって、好みとかどうでもなんだよ、けっきょく。好きになった人が、好き、みたいな。だから、琴音って子の素をアピールしていけば良いんじゃない?」
目をすっと細め、いつになく大樹の表情が真剣そのものだった。つい目を据えていると、大樹はこっちを見て子どもっぽく唇の片端を上げた。
「まあ、凛には分かんないか」
「そりゃあ、ずるがしこくいるのに、恋なんていらないし」
「だろうな」
そこまで断言されるとそれはそれで癪で、私はさっき来た梅酒を一口飲んで、ニヒルな笑みを向けた。
「ていうかなに、まるで本気の恋をしたことあります、ってきな言いかただね」
冗談を込めて言った。だけど、大樹は全く笑わず、さっきまで進めていた箸を止め、ゆっくりと箸置きに添えた。周りの時を止めているみたいに、徐にちらりとこっちを見てきた。
「そりゃーしてるよ」
「いつ?」
私は首を横に倒していると、大樹はとたんに視線を逸らし、指先で頬を掻きながら、少しだけ間を置いた。天井を見上げて軽く息を吐けば、大樹はようやく口を開いた。
「いま」
いつもの大樹からは想像もできない小さくて弱い声。そのくせ、獣のような鋭い視線が私を捉える。だからこそ、それだけ真剣なんだと、私の中に、じんわりと言葉が染み入ってきた。
「へえ、なんか以外」
「なんでだよ」
「だって、色んな女はべらせてるじゃん」
「あれはまあ、お互いそういう関係だって割り切ってるから、それとこれとはべつ。あれはただの遊びだよ、遊び」
足を組んで、ひらひらと退けるように手を振っていた。面倒くさそうに言うもんだから、なんとなくイラっとして、私は鼻で笑って言ってやった。
「これだからヤリチンは」
おどけて笑っている、きっとそうだろうと見遣るが。大樹は目を半開きにして見てきて、深呼吸をするようにため息を吐いた。私が怪訝な目つきでいると、大樹は足を組むのをやめ、テーブルの上で手を組んだ。
「あのな、俺はヤリチンじゃない。女の子と遊びたいだけなんだよ」
「それ、言ってること一緒じゃない?」
「いやいやいや、ぜんっぜん違うから。俺はな、性欲を満たしたいんじゃなくて、かわいい子と楽しくデートしたい、それだけなんだよ。まあ、あれだ。凛がいうモットーみたいなもんだって。ほんとに好きな子としか手を繋がないし、キスもセックスもしない」
私が小首を傾げていると、大樹は再び深く息を吐いた。まさか大樹にこうも何度もため息を吐かれる日が来るとは思わなかった。大樹のくせに、という苛立ちはあったけど、大樹の言っていることは、なんとなく分かる気もした。
本命の異性としか性行為をしないのは、私のモットーとも一致している部分だった。色んな人間と関係を持ってしまえば、安易なやつだと思われ、利用される存在になってしまう。そんなの無料の風俗みたいで、なにもずるがしこくない。
しかし唯一、違う点といえば、そこに恋愛感情があるかないかだった。やはり感性が似ているとはいえ、当たり前だけど完全に同じとはいかないようだ。
だからといって、それを否定しようとも思わない。人にはそれぞれの考えがあって、そもそも私が口を出す権利はないし、メリットもない。争ったところで、相手が完全に納得することなんて、決してありえない。そんな生産性のないことをするのは無意味で、ずるがしこくない。だから私は、他人にどうこう言うなんてまっぴらごめんだ。
私は枝豆を何粒か口に押し込んで、梅酒を半分くらい飲む。気づけば会話はなくなっていて、黙々と摘まみを食べ、酒を飲んでいた。でも、そこに変な気まずさは一切なかった。むしろそれが自然で、話すことがなくなれば、べつに無理に話す必要なんてない。
とはいえ、それは大樹のような腐れ縁や、琴音のような気心知れた人に対してだけ。言うまでもなく、普段は無理やりにでも会話を作り出す。沈黙がない、つまり話しやすい相手、という解釈になりやすいから。それでも雰囲気が重くなるようであれば、きっぱりそれ以上仲良くなるのを諦めれば良いだけのこと。本当に気が合わないのなら、もうそれはどうしようもない。無理に仲良くしようとするのは、関係を悪化させてしまうようなものだから、ずるがしこくないことなのだ。
私はスマホをポケットから取り、気だるげに頬杖をついてツイッターを開いた。どうでも良くてくだらない他人への誹謗中傷はスクロールして目を滑らせ、マンガやイラストの投稿には目を止め、好きだったら『いいね』や『リツイート』をしていく。でもどこまでスクロールさせても『アガ』のツイートはなくて、ついふうっと息を零してしまう。
最近、『アガ』のイラスト投稿がめっきり減っていた。あってもラフだけの、息抜きで描いたような落書き。おそらく小説の表紙を描くのに集中しているのだろう。それでもファンとしては、どこか寂しさのようなものが立ち込めてくる。けどそのぶん、私は小説の表紙には期待しているから、気長に待とうと過去に投稿されたイラストでも見返した。一つ一つの仕草が女の私でさえ釘づけにするほど繊細で、背にかかる長い髪は川のせせらぎが聞こえるかのように穏やかに揺れている。『アガ』のイラストを遡ってみれば、顔が見えなくとも、やはりどれも女性が魅力的。それと同時に、ふと思って首を傾げてしまった。
そういえば、どうして顔を描かないのか聞いたことがなかった。今まで何度も聞く機会はあったのだけど、どうも岳くんに『アガ』の話題を出そうとすると、気恥ずかしいのか聞く間もなく話を逸らされてしまう。気になるし、今度無理やりにでも聞いてみようと、私は視線をスマホから外すと、私はとっさに手を胸元まで引っ込めてしまった。それは目の前で、大樹が私のスマホを上から覗いていたからだ。
「なに?」
「いや、なに見てんのかなって」
「べつに、『アガ』のイラスト見てただけだよ」
「ふーん」
大樹は思い切り興味なさげに相槌を打った。自分から聞いてきたくせにとは思いつつ、こいつはそういう適当な奴だと、諦め半分に口を噤んだ。目の前にあったチーズを食べ、梅酒の最後の一口を飲み干すと、大樹はこっちを見た。
「そういえば、会わせたのかよ。琴音ちゃんと岳くんってやつ」
口にあるチーズがなくなるのを見計らったかのように言ってきて、私はどう答えれば良いかつい悩み、少し黙ってしまう。そのわずかな間で察したのか、大樹は大きく息を吐いた。
「まだなのかよ」
私は頬を掻き、苦笑いを浮かべて頷けば、大樹は訝しげな目で見てきた。
「さっさと会わせれば良いじゃん」
「いやー、なんかそういうわけにも、いかなくて」
「なんで?」
いつもなら「ふーん」とか言うけど、なんかやけに詳しく聞いてくる。私は頭を悩めせてしまうけど、あまり黙りこくっていても変に思われるから、話しながら考えた。
「だって、あんま焦りすぎて、すぐに会わせて、それで琴音が振られたら意味ないし。だから、もうちょい琴音のことをアピールしてからでいいかなって」
「アピールって、具体的なにやんだよ」
「それは、まあ、これから考えるよ」
「そんなことやってないで、さっさと会わせれば良いじゃん」
「だから、まあ、色々あるんだよ」
そう言って、私はすぐに立ち上がった。めずらしくしつこくて、これ以上聞かれるのも面倒だから、私は「トイレ」と言って席をたった。普段なら「お手洗い」と言うところだけど、そんな女性らしい気遣いは大樹に必要ない。トイレを済ませて手を洗い、鏡に映る自分をぼんやり見据えてしまった。
なんだか、さっきの大樹は変だった。どこがどうとか、そんな明確なことは分からないけど、なんとなく苛立っているように見えた。そもそも、大樹はなにかに感情的になることはない。根暗で無口とかそういうことではなく、物事を薄く捉えている。いつも気まぐれで、先々のことをあまり考えていなさそうな、そんな適当人間。だから今回みたいに意見を深く聞き、自分の意見を押してくることは、今までなかったはず。そこらへんは、私ととても似ているところだ。これも気まぐれなのだろうか。いくら頭を悩ませても分からなかったから、ひとまずそう思うことにした。
でもたしかに、どのようにして琴音と岳くんをくっつけさせるか、もう少し考えなければならないようだ。だけど、まだ情報量が足りなく、岳くんにどう接して良いものか分からない。だとしたら、まず楽しく過ごして、情報収集からさっそく始めようと思う。
明日は、岳くんの家に行く予定だった。
周囲では笑い声が飛び交う喧騒の中、大樹は小指を唇に添えて頬杖をつき、おしゃれなカフェではとても似合いそうな、この場ではひどく浮いてしまうポーズとミックスジュースのように甘い視線で私を見ていた。もはや職業病だろうそれをしり目に、私はレモンサワーに移る自分の姿に目を落としていた。
「う~ん、なんとも言えない。岳くんの好みなんて、ロングヘアーくらいしか知らないし」
私は嘆息を漏らしてしまうと、大樹はたいへん興味なさげで、盛大に欠伸をしていた。私は一睨みしてから、レモンサワーを煽った。
そうは言ったものの、この情報もただ、岳くんこと『アガ』がロングヘアーの女の子しか描いていないという、あくまで予想にしかすぎないことだった。圧倒的情報不足。だとしても、なんの脈略もなしに聞き出すことなんてできる訳がなく、なにも活路を見いだせずにいた。
今日は大樹と居酒屋に来ていて、世間話やら噂話、そして主に愚痴を摘まみに酒を飲んでいた。といっても、ほとんど話していたのは私で、適当とはいえ、大樹は聞き役に徹してくれていた。それでも、私としてはありがたかった。普段の私はイエスマンで、他人の話を聞いて肯定するだけ、基本的にほとんど自分のことを話すことはない。だからこそ、大樹の存在は私にとってのストレス発散気になっていて、たいがい会うときはそういうときだった。ときには立場が逆になったりする。それは大樹も私と似ていて、女子に反抗することが滅多にないから、嫌でもストレスが溜まるのだ。つまり、私たちはとてもwinwinな関係なのだ。こういう関係になるのは、お互い恋愛対象として見ていないからこそだろう。腐れ縁とはいえ、大樹は重要な友人だ。まあ決して本人には言わないけど。
さっきから話していたのは、『岳くんと琴音をくっつけよう大作戦(仮)』のこと。とうぜん二人の知られたくないであろう、あれこれを省きつつ、愚痴を合い間に挟みながら説明していた。
私がレモンサワーを一気に飲み干し、店員を呼んで梅酒のソーダ割りを注文した。つまみの焼き鳥を食べていると、がらになく大樹が腕を組んで悩んでいるのに気づいて、私はつい首を傾げてしまった。すると大樹はとうとつに言葉を零した。
「うーん。好みとか、あんま関係ないんじゃね?」
「どうして?」
「いや、なんかさ、人を好きになるって、好みとかどうでもなんだよ、けっきょく。好きになった人が、好き、みたいな。だから、琴音って子の素をアピールしていけば良いんじゃない?」
目をすっと細め、いつになく大樹の表情が真剣そのものだった。つい目を据えていると、大樹はこっちを見て子どもっぽく唇の片端を上げた。
「まあ、凛には分かんないか」
「そりゃあ、ずるがしこくいるのに、恋なんていらないし」
「だろうな」
そこまで断言されるとそれはそれで癪で、私はさっき来た梅酒を一口飲んで、ニヒルな笑みを向けた。
「ていうかなに、まるで本気の恋をしたことあります、ってきな言いかただね」
冗談を込めて言った。だけど、大樹は全く笑わず、さっきまで進めていた箸を止め、ゆっくりと箸置きに添えた。周りの時を止めているみたいに、徐にちらりとこっちを見てきた。
「そりゃーしてるよ」
「いつ?」
私は首を横に倒していると、大樹はとたんに視線を逸らし、指先で頬を掻きながら、少しだけ間を置いた。天井を見上げて軽く息を吐けば、大樹はようやく口を開いた。
「いま」
いつもの大樹からは想像もできない小さくて弱い声。そのくせ、獣のような鋭い視線が私を捉える。だからこそ、それだけ真剣なんだと、私の中に、じんわりと言葉が染み入ってきた。
「へえ、なんか以外」
「なんでだよ」
「だって、色んな女はべらせてるじゃん」
「あれはまあ、お互いそういう関係だって割り切ってるから、それとこれとはべつ。あれはただの遊びだよ、遊び」
足を組んで、ひらひらと退けるように手を振っていた。面倒くさそうに言うもんだから、なんとなくイラっとして、私は鼻で笑って言ってやった。
「これだからヤリチンは」
おどけて笑っている、きっとそうだろうと見遣るが。大樹は目を半開きにして見てきて、深呼吸をするようにため息を吐いた。私が怪訝な目つきでいると、大樹は足を組むのをやめ、テーブルの上で手を組んだ。
「あのな、俺はヤリチンじゃない。女の子と遊びたいだけなんだよ」
「それ、言ってること一緒じゃない?」
「いやいやいや、ぜんっぜん違うから。俺はな、性欲を満たしたいんじゃなくて、かわいい子と楽しくデートしたい、それだけなんだよ。まあ、あれだ。凛がいうモットーみたいなもんだって。ほんとに好きな子としか手を繋がないし、キスもセックスもしない」
私が小首を傾げていると、大樹は再び深く息を吐いた。まさか大樹にこうも何度もため息を吐かれる日が来るとは思わなかった。大樹のくせに、という苛立ちはあったけど、大樹の言っていることは、なんとなく分かる気もした。
本命の異性としか性行為をしないのは、私のモットーとも一致している部分だった。色んな人間と関係を持ってしまえば、安易なやつだと思われ、利用される存在になってしまう。そんなの無料の風俗みたいで、なにもずるがしこくない。
しかし唯一、違う点といえば、そこに恋愛感情があるかないかだった。やはり感性が似ているとはいえ、当たり前だけど完全に同じとはいかないようだ。
だからといって、それを否定しようとも思わない。人にはそれぞれの考えがあって、そもそも私が口を出す権利はないし、メリットもない。争ったところで、相手が完全に納得することなんて、決してありえない。そんな生産性のないことをするのは無意味で、ずるがしこくない。だから私は、他人にどうこう言うなんてまっぴらごめんだ。
私は枝豆を何粒か口に押し込んで、梅酒を半分くらい飲む。気づけば会話はなくなっていて、黙々と摘まみを食べ、酒を飲んでいた。でも、そこに変な気まずさは一切なかった。むしろそれが自然で、話すことがなくなれば、べつに無理に話す必要なんてない。
とはいえ、それは大樹のような腐れ縁や、琴音のような気心知れた人に対してだけ。言うまでもなく、普段は無理やりにでも会話を作り出す。沈黙がない、つまり話しやすい相手、という解釈になりやすいから。それでも雰囲気が重くなるようであれば、きっぱりそれ以上仲良くなるのを諦めれば良いだけのこと。本当に気が合わないのなら、もうそれはどうしようもない。無理に仲良くしようとするのは、関係を悪化させてしまうようなものだから、ずるがしこくないことなのだ。
私はスマホをポケットから取り、気だるげに頬杖をついてツイッターを開いた。どうでも良くてくだらない他人への誹謗中傷はスクロールして目を滑らせ、マンガやイラストの投稿には目を止め、好きだったら『いいね』や『リツイート』をしていく。でもどこまでスクロールさせても『アガ』のツイートはなくて、ついふうっと息を零してしまう。
最近、『アガ』のイラスト投稿がめっきり減っていた。あってもラフだけの、息抜きで描いたような落書き。おそらく小説の表紙を描くのに集中しているのだろう。それでもファンとしては、どこか寂しさのようなものが立ち込めてくる。けどそのぶん、私は小説の表紙には期待しているから、気長に待とうと過去に投稿されたイラストでも見返した。一つ一つの仕草が女の私でさえ釘づけにするほど繊細で、背にかかる長い髪は川のせせらぎが聞こえるかのように穏やかに揺れている。『アガ』のイラストを遡ってみれば、顔が見えなくとも、やはりどれも女性が魅力的。それと同時に、ふと思って首を傾げてしまった。
そういえば、どうして顔を描かないのか聞いたことがなかった。今まで何度も聞く機会はあったのだけど、どうも岳くんに『アガ』の話題を出そうとすると、気恥ずかしいのか聞く間もなく話を逸らされてしまう。気になるし、今度無理やりにでも聞いてみようと、私は視線をスマホから外すと、私はとっさに手を胸元まで引っ込めてしまった。それは目の前で、大樹が私のスマホを上から覗いていたからだ。
「なに?」
「いや、なに見てんのかなって」
「べつに、『アガ』のイラスト見てただけだよ」
「ふーん」
大樹は思い切り興味なさげに相槌を打った。自分から聞いてきたくせにとは思いつつ、こいつはそういう適当な奴だと、諦め半分に口を噤んだ。目の前にあったチーズを食べ、梅酒の最後の一口を飲み干すと、大樹はこっちを見た。
「そういえば、会わせたのかよ。琴音ちゃんと岳くんってやつ」
口にあるチーズがなくなるのを見計らったかのように言ってきて、私はどう答えれば良いかつい悩み、少し黙ってしまう。そのわずかな間で察したのか、大樹は大きく息を吐いた。
「まだなのかよ」
私は頬を掻き、苦笑いを浮かべて頷けば、大樹は訝しげな目で見てきた。
「さっさと会わせれば良いじゃん」
「いやー、なんかそういうわけにも、いかなくて」
「なんで?」
いつもなら「ふーん」とか言うけど、なんかやけに詳しく聞いてくる。私は頭を悩めせてしまうけど、あまり黙りこくっていても変に思われるから、話しながら考えた。
「だって、あんま焦りすぎて、すぐに会わせて、それで琴音が振られたら意味ないし。だから、もうちょい琴音のことをアピールしてからでいいかなって」
「アピールって、具体的なにやんだよ」
「それは、まあ、これから考えるよ」
「そんなことやってないで、さっさと会わせれば良いじゃん」
「だから、まあ、色々あるんだよ」
そう言って、私はすぐに立ち上がった。めずらしくしつこくて、これ以上聞かれるのも面倒だから、私は「トイレ」と言って席をたった。普段なら「お手洗い」と言うところだけど、そんな女性らしい気遣いは大樹に必要ない。トイレを済ませて手を洗い、鏡に映る自分をぼんやり見据えてしまった。
なんだか、さっきの大樹は変だった。どこがどうとか、そんな明確なことは分からないけど、なんとなく苛立っているように見えた。そもそも、大樹はなにかに感情的になることはない。根暗で無口とかそういうことではなく、物事を薄く捉えている。いつも気まぐれで、先々のことをあまり考えていなさそうな、そんな適当人間。だから今回みたいに意見を深く聞き、自分の意見を押してくることは、今までなかったはず。そこらへんは、私ととても似ているところだ。これも気まぐれなのだろうか。いくら頭を悩ませても分からなかったから、ひとまずそう思うことにした。
でもたしかに、どのようにして琴音と岳くんをくっつけさせるか、もう少し考えなければならないようだ。だけど、まだ情報量が足りなく、岳くんにどう接して良いものか分からない。だとしたら、まず楽しく過ごして、情報収集からさっそく始めようと思う。
明日は、岳くんの家に行く予定だった。