ビードロの声に、気づけば透けていく

「今日、ボクとデートしてくれませんか?」
 岳くんにそう誘われ、私たちは学園祭を回っていて、今は劇を見ていた。
 ロミオとジュリエットは男女の悲しい恋愛劇で、二人の恋は結ばれないバッドエンド。
 劇の定番で、みんなが知っている内容。
 好かれるのはおそらく、実際の恋もそんなものだからだと、私は考えている。
 だけど今見ている劇は違った。
 なぜか最後にロミオは生き返って、二人の恋は結ばれるハッピーエンド。
 学園祭ではよくあることで、オリジナルを交えて幸せな物語に作り変える。
 どうして完成された作品を、わざわざ素人が書きかえたりするのだろう。
 ただ作品の質を下げるだけで、私には意味が分からなかった。
 原作に忠実であるほうが良くて、シェイクスピアが作ったのだから当たり前だ。
 それでも歓声が上がり、拍手が巻き起こる。
 すると、隣に座っている岳くんは呟いた。
「僕、原作よりこっちのほうが好きですね」
「内容めちゃくちゃだけど?」
「恋は、結ばれるほうが好きです」
「そっか」
 私は聞こえるか否かの声で返して、笑みを浮かべた。
 とはいっても愛想笑いで、ハリボテを張り付けたような笑み。
 私は椅子から立とうとした。
 けど、岳くんに手を握られて防がれる。
 横を見遣ると、彼の瞳は真っすぐに私を捉えていて、ぎらりと舞台のライトが反射していた。
「そんな顔しないでください、凛さん」
 ビードロのように、澄んだ声。
 周りはうるさいのに、一字一句、しっかりと耳に届いていた。
 私の手を取り、岳くんは引っ張っていく。
 真っ白で、中世的な見た目に反して、とても力強くてごつごつしている。
 岳くんは振り返り、微笑んだ。
「今日は、楽しみましょうよ」
「そうだね」
 素直に、笑みが零れていた。
 岳くんの声を聞くと、不思議とできるような気がしてくる。
 岳くんはさっき、恋は結ばれるほうが良いと言っていた。
 私も、同じように思った。
 現実で恋が実ることなんて、そうそうない。
 たとえ両想いであろうと、結ばれないことだってあると、私は知っているから。
「だからこそ、今を楽しまなきゃ」
 私は聞こえないように呟き、岳くんのとなりに並んだ。
 なるべく、自然な笑みを向けた。
――私が恋に落ちるためには、そうするしかなかった。