雫は俺の彼女──もちろん、そんな人はいない──に気を使っていたのだ。身から出た錆とは言え、本当に二年前の自分の軽い思い付きを恨めしく感じた。
なんとか誤解を解いて勉強を教える約束を取り付けたときは、ホッとした。
あの女の子のご利益がどれくらいかはわからないけれど、願いを叶えたければ……の必要条件の約束は取り付けたわけだ。安堵から、両手を組んだまま上に挙げて、ぐっと伸びをする。
その様子を眺めていた雫が、おもむろに口を開いた。
「侑くん、もしかして好きな人がいるの?」
「え? なんで?」
突然の雫の質問に、心臓が飛び上がるほど驚いた。
もしかして、俺の気持ちはすでに雫にバレている?
けれど、返ってきたのは予想外の答え。
「昨日ね、侑くんが縁結びの神社から出てきたのを見たの。──侑くん、頑張って! 侑くんより格好いい男子なんてなかなかいないよ!」
雫は侑希の恋愛成就の協力をすると言って両手にこぶしを握りしめ、頑張ろうポーズをしている。
見られていた? あそこに行ったのを? うわっ、恥ずかしすぎる。しかも、なんだこれ? 予想外過ぎるだろ。だって、俺が好きなのは……。
しばらく呆気に取られてしまったけれど、すぐに思案を巡らせてこれはチャンスなのでは? と思い直す。
なぜなら、これで大手を振って雫に好きなタイプとか、憧れのデートとか、プレゼント選びの相談ができるからだ。
「──えっと、……わかった。じゃあ、協力して」
「うん」
雫は屈託なく笑う。その笑顔が可愛らしくて、こちらまで笑みが漏れる。
覚悟しとけよ、雫。絶対に好きにさせてやる!
俺はそんな思いを込めて、ポンっと雫の頭に片手を置いた。
◆ ◆ ◆
しとしとと降り続く雨が窓ガラスを叩く。昼過ぎから降り始めた雨は、いつの間にか本降りへと変わっていた。
「今年の花火大会は、中止かなー」
窓際から外を眺め、私は呟いた。
相も変わらず空は鉛色に染まり、窓の外の道路では、アスファルトにできた水たまりに雨粒の波紋ができるのが見える。
残念だけれど、どうせ行けなかったし見られないことは変わらないかと思い直す。ただ、今日を楽しみにしていた友人達はがっかりしていることだろう。
私は自分の足元に視線を移した。
足首に巻かれていた包帯は、湿布と網状のカバーだけになった。夏休み始まって早々、駅の階段を踏み外して右足首を痛めたのだ。しばらくは上手く歩けないからと、花火大会へ行こうという友達のお誘いは泣く泣く断った。
「みんな、どうしているかなー」
これだけ降っていると、河川敷の屋台もほとんどが閉まっているだろう。行き先を失った同級生達はみんなでカラオケにでも行っているかもしれない。そして、ふと幼なじみの顔が浮かぶ。
侑希、残念だっただろうな。
好きな子を無事に誘えたかどうかは聞いていないけれど、もし誘えていたとしたら、今日は花火デートだったはずだ。がっくりと肩を落とす侑希の様子が頭に浮かぶ。代わりにどこか別の場所へと誘えていればいいのだけれど。
「連絡してみようかな……」
スマホを弄って『どうしている?』とメッセージを送る。数分もしないうちに、『雫は?』と返事が届いた。
『家にいるよ』
『──足は?』
『だいぶいいから、もう平気』
既読は付いたけれど、しばらく待っても返事はない。
スマホを机の端に置くと、夏休みの宿題に取り掛かることにした。まずは一番時間がかかる、読書感想文の読書からだ。
一時間ほどで四分の一くらいまで読み終え、途中で夕食を挟んでさらに読み進める。
どれくらい経っただろう。
二センチくらいの文庫本の半分くらいまで読み進んだとき、トントントンと扉をノックする音が聞こえた。扉を開けたのは、お母さんだ。
「しずちゃん、お隣の侑くんが下に来ているわよ」
「え? 侑くん?」
時計を見ると、時刻は八時半だ。こんな時間にどうしたのだろうと訝しく思いながらも、下に降りると、玄関には黒いTシャツにジーンズ姿とラフな格好をした侑希が立っていた。
「雫。一緒に花火やろうぜ」
侑希は持っていた手持ち用花火セットを少し持ち上げて見せると、にかっと笑う。
「へ? 雨は?」
「五時ぐらいには止んでいたよ」
「花火大会は?」
「行ってないよ」
「誘わなかったの?」
「…………。事情があって、誘っても一緒に行くのは無理そうだったから」
侑希はバツが悪そうにそれだけ言うと、ちょいちょいと私を手招きする。外に出てこいと誘っているのだろう。
サンダルを履いて外に出ると、侑希が持参した蝋燭にマッチで灯をともす。庭がぼんやりと明るく照らされた。
「はい」
一本を手渡されたので蝋燭に近づけて火をつけると、青白い光と共にパチパチと暗闇の中に無数の花が咲く。侑希は私の隣にしゃがみこむと、自分の手持ち花火にも火をつけた。
「残念だったね」
「何が?」
「花火大会に誘えなくて」
おずおずとそう言うと侑希はキョトンとした顔で私を見返してから、首を傾げた。
「そうでもないよ」
「え?」
「手持ち花火も綺麗じゃん。それに、雫が今頃家で『一人だけ花火行けなかった~』って泣きべそかいているかと思ったら、楽しめないし」
侑希はからかうように、顔を覗き込んでくる。茶色い瞳がいたずらっ子のようにキラキラ光る。
「な、泣かないよ!」
「そう? 怪しいけど?」
「もうっ!」
軽く叩くと「痛てー」と大袈裟に痛がってふざける。その様子がおかしくて、私も声を出して笑う。
線香花火の優しい火が辺りを照らす、雨上がりの夏の夜のことだった。
長い夏休みが明けても、熱気はすぐに去ってはゆかない。
うだるような暑さの中、滴り落ちる汗を手の甲で拭う。残暑はまだまだ厳しそうだ。
二学期が始まって少ししたこの日、私はさくら坂を登っていた。
ようやく頂上に着くと、駅前の商店街へと足を進める。
商店街の歩道には屋根がついているので直射日光は避けられ、暑さは幾分か和らいだ。そのまま歩き続け、一軒のこぢんまりとした店舗──田中精肉店の前で足を止める。
「こんにちは」
「こんにちは。なににしますか?」
「メンチカツの揚げを……二つ」
ガラスケースの中にはカットした鶏むね肉やスライスした豚ロース、霜の入った国産和牛など、様々な生肉が陳列されている。そして、一番上の段には、今私が注文したメンチカツを始め、コロッケ、トンカツなどの調理前の状態で並んでいた。
黒縁眼鏡をかけた人のよさそうな精肉店のおじさんは、その一番上の段からメンチカツを二つ取り出すと、奥の厨房の揚げ器へと放り込んだ。ジュワワワワという、食欲をそそる音が通り沿いまで聞こえてくる。
「はい、熱いから気を付けてね」
白い紙製のコロッケ袋に包まれたメンチカツを二つ、小さなレジ袋に入れて差し出される。私は百円玉を三枚財布から取り出し、そのレジ袋と交換した。
「さーくーらーさーまー」
小さな祠に呼びかけると、ふわっと空気が揺れるような、不思議な感覚。それと共に、どこからともなく赤い着物を着た綺麗な女の子が現れる。
まるで人形みたいに綺麗な女の子。太陽の光の下で見るさくらの瞳は、相変わらず虹色に煌めいて、とても美しい。
「メンチカツ、買ってきたよ」
レジ袋を差し出すと、さくらは確認するように覗き込む。
一つ袋から取り出して差し出すと、嬉しそうにそれを両手で受け取り、もぐもぐと食べ始める。そして、あっという間に平らげてしまった。
熱くないのかと心配になるけれど、全く気にする様子もない。
もしかしたら、神様は熱さを感じないのかもしれない。
「もう一つあるのう」
ぺろりと食べ終えたさくらが、物欲しげに私の手元のレジ袋を見つめる。
これ、自分用なんだけど……。私は自分の手元を見た。
チラリとさくらを窺い見ると、少し首を傾げてつぶらな瞳をこちらに向けている。
私は「うっ」と言葉を詰まらせる。
これではまるで、十歳にも満たないような年端もいかない可愛い少女にメンチカツをおねだりされているのに、意地悪をしている女子高生の図ではないか。
「…………。よかったらもう一ついります?」
「いいのかのう」
一応、いいのかと聞いてはいるけれど、こちらに断る権利はなさそうである。
うう、さようなら、私のメンチカツ。大好きなのに! あとでもう一度買いに行くから!
涙を呑んで残ったひとつのメンチカツを差し出す。
さくらはそれもペロリと平らげると、ご機嫌な様子で私の前に座った。私もさくらと視線を合わせるように、そこに座り込む。
「ねえ。私、侑くんの縁結びのお手伝いって、うまくできているかな?」
「そなたはどう思うのじゃ?」
「うーん」
逆に聞き返され、私はその場で考え込む。
夏休み中も、侑希とは週に一度待ち合わせして図書館の自習室に勉強に行った。やることは夏休みの宿題と、一学期の復習など。そして、それが終わった後は『頑張ったご褒美』として、近所のファミレスにパフェやアイスを食べに行ってお喋りするまでが定番だ。
先日、侑希に好きな子とは上手くいっているのかと聞いた。
すると、侑希は『今までより二人で過ごすことが増えた』と嬉しそうに笑った。ということは、きっと以前よりは進展しているのだろう。
「少しは、お役に立てている、かな?」
「そう思うならば、自信を持つがよい」
落ち着いた口調でそう言うと、さくらは美しい虹色の目を細めた。
◇ ◇ ◇
さくら坂高校では年に一度、さくら祭という学園祭がある。
ネーミングからすると春にやりそうなこの学園祭だけれども、学校の名前を付けただけで桜は関係がない。だから、実際に開催されるのは十月の三連休がある週末だ。
夏休みも明けたこの日、私のクラスである一年B組では、さくら祭でどんな出し物をするかについて議論がされていた。
「この他になにかあるか?」
担任の山下先生が、黒板から目を離してこちらを振り返る。
黒板には、『お化け屋敷』『メイド・執事喫茶』『劇』『占いコーナー』の四つの案が出されている。
教室を見渡して誰も手を挙げないことを確認した山下先生は、こちらを振りむいて教壇に両手をつく。
「どうやって決めるか、案はあるか?」
しばらくシーンと静まり返った教室の中で、一人の生徒──久保田彰人(くぼたあきひと)がおずおずと手を上げた。
「お化け屋敷はA組がやると聞いたので、違うものがいいと思います」
教室にいる生徒達からも、賛成の声が上がる。山下先生は黒板の『お化け屋敷』の文字の上からチョークで取り消し線を引いた。
「残り三つだ。どうやって決める?」
「多数決がいいと思います」
また、久保田くんが手を上げてそう言った。
「いいでーす」
「賛成!」
久保田くんの言葉に、何人かの生徒が同調するように賛成の声を上げる。山下先生は両手を胸の前で下に抑えるようなポーズをして、静かにするようにと促した。
「他に意見はあるか?」
教室は静まり返り、誰も何も言わない。
その後、クラス全員による投票が行われ、さくら祭の出し物は『占いコーナー』との僅差で、『メイド・執事喫茶』に決まった。
その数日後のこと。
部活を終えて戻ると、教室に明かりがついていた。
今日は通常のクッキングに加えて、夏休み中に市が開催していたレシピコンテストにどんなレシピを出したのか報告し合ったので、いつもよりも少しだけ時間が遅かった。こんな時間に誰だろうと、私は教室を覗く。
「あれ、久保田くん。どうしたの?」
そこにはクラスメイトの久保田くんがいた。
机に向かい、ノートになにかを書き連ねている。こちらに気付いた久保田くんは、目の前のノートを差し出すように見せた。近くに寄ってそれらを見ると、さくら祭の準備リストのようだ。
「先生に頼まれたの?」
「そう。早めに何を買ってどうするか決めないといけないんだけど、飯田さんが風邪ひいてここ最近休みだから、とりあえず一人でできるところまでやっちゃおうかと思って」
「そっか。久保田くん、学園祭係だもんね」
「完全に押し付けられた感じ。言い出しっぺ的な」
久保田くんは少し垂れ気味の目じりを更に下げて苦笑した。
飯田さんとは、久保田くんと一緒に一年B組の学園祭係に選ばれた女子生徒だ。本名を飯田由紀(いいだゆき)という。
ノートには、調理係、メイド係、執事係をそれぞれ何人にするか、紙皿や紙コップなど当日に必要なものは何か、料理はどうするかなど、これから決めなければならないことがびっしりと書かれていた。
「すごい! 手伝うよ。一人じゃ大変でしょ?」
「本当? 助かる。今日、みんな部活あるって逃げられてさ」
本当に大変だったようで、久保田くんはホッとしたように息を吐く。
「ところで、原田さんはなんでこんな時間まで?」
「私? 私も部活だよ。クッキング部」
「クッキング部なんだ」
「うん。今日はクッキー作ったの。あ、そうだ。たくさんあるからあげるよ」
私は鞄を漁ると、透明のフィルムに包まれたクッキーを差し出す。たくさん焼いたので、同じものがあと四つある。久保田くんは目をぱちくりとさせてそれを受け取ったが、すぐに嬉しそうに笑った。
「ありがとう。糖分補給する」
「どういたしまして。久保田くんは部活は?」
「俺、陸上部。短距離が得意なんだ」
「へえ」
そういえば体育の授業のとき、久保田くんはクラスで一番足が速かった気がする。その姿がかっこいいと、クラスメイトの一部の女子が密かに盛り上がっていた。
「部活もあるのに、なおさら大変だよね。じゃあ私、料理のところ考えようか? 誰が調理係になるかわからないから、あんまり難しい料理はやめた方がいいと思うんだよね」
「そっか。時間帯によってクオリティが違うとよくないもんね」
そんなことを話して盛り上がっていると、ガラリと教室の扉が開いた。
そちらに目を向けると、侑希が立っていた。こちらを見ると、少し不機嫌そうに眉間に皺が寄る。
「……何やってんの?」
「何って……、さくら祭の準備だよ」
「ふうん」
私はなぜそんなことを聞くのかと、首を傾げた。
手に持った鞄から、スポーツタオルが半分飛び出しているところを見ると、侑希も今部活が終わったところだろう。つかつかとこちらに歩み寄ると、こちらを見下ろす。
「今日はもう遅いから明日でいいんじゃない?」
「え? もうそんな時間?」
久保田くんが侑希の指摘に、慌てて時計を確認する。時刻は午後六時五〇分。さくら坂高校の最終下校時刻まで後十分しかない。
「本当だ」
いつの間にか思ったより遅くなっていて、私も慌てた。
「雫、帰るぞ」
「あ、うん」
侑希が椅子に座っている私の片腕を引く。私はとっさに振り返って久保田くんに手を振った。
「久保田くん、また明日」
「またね」
侑希もチラッと久保田くんの方を向き、「じゃーな。久保田も早く帰った方がいいよ。自転車、暗いと危ないよ」と私の腕を摑んでいない方の片手を上げる。
久保田くんは机の上を片付けながら、「うん、ありがとう。またね」と言った。
まだ九月とはいえ、夜の七時近くになると辺りはすっかりと夜の帳が降りていた。昼間はセミがまだ鳴いているのに、夕方になるとどこからかチリリリリーンと虫の声が聞こえてくる。秋は確実に近付いているようだ。
私は隣を無言で歩く侑希をチラッと見た。なんだか、今日は機嫌が悪いような気がする。
「侑くんさ、執事やんないの?」
私は隣を歩く侑希におずおずと尋ねた。
誰がメイド役や執事役をやるのかはこれからクラスの皆で決めるが、侑希は誰がどう見ても執事役が似合いそうな気がした。
現に、侑希は皆から執事役に推されていた。元々が綺麗な顔立ちなので、蝶ネクタイをつけて「お嬢様」などとかしずけば、たちまち来店した女子生徒達から大人気になるだろう。
「やだよ。面倒くさい。着せ替え人形じゃないんだから」
ぶっきらぼうで吐き捨てるような口調は、本気で嫌がっていることを窺わせる。
「そっか」
悪いことを言ってしまったかもしれない。
少しの沈黙を経て、侑希が小さく呟くのが聞こえた。
「俺、自分の顔嫌い」
「え?」
驚いてパッと顔を上げると、俯き加減の侑希の表情が目にはいる。少し唇を噛んだその表情が、強く印象に残った。
侑希は、母親譲りで彫りが深く、日本人離れした顔をしている。平凡な容姿の私から見れば羨ましい限りだけれど、何かそのことで嫌なことでもあったのだろうかと心配になる。
少し迷い、侑希を元気づけようと私は口を開いた。
「私は、好きだよ」
「え?」
「侑くんの顔、私は好きだよ。すごく綺麗だもん」
侑希は目を見開いて絶句したまま、こちらを見つめていた。私はにかっと笑ってみせる。
そして、肩から下げる鞄を手探りで漁り、カサリとした感触のものを見つけて取り出す。
「ほら、これあげるよ。侑くんお菓子好きでしょ」
差し出したのは、今日のクッキング部で作ったクッキー。侑希は無言で受け取ると、じっとそれを見つめた。
「これ、さっき久保田が持っていたやつ?」
「あ、うん。一人で頑張っていて凄いなって思って。たまたまクッキング部で作って持っていたからあげたの」
私は慌ててもう一度鞄を漁る。一袋に二枚しか入っていないので、少ないと思われたと思ったのだ。すぐにもうひとつ取り出すと、それを差し出す。
侑希はきょとんとした顔でそれを見つめ、首を傾げた。
「雫の分は?」
「自分の分はちゃんとあるから大丈夫だよ。また作れるし」
「久保田にも二つあげたの?」
「え? 一つだけど?」
「そっか。ありがとうな」
侑希は差し出されたそれを受け取ると、嬉しそうに笑った。
よかった、落ち込んだ気分が少しは晴れてくれたようだ。
最寄りのすみれ台駅からの帰り道、口数か少なかった侑希の機嫌は幾分かよくなったようで、「なあ」と声を掛けてきた。
「雫も、俺の執事姿が見たい?」
その質問は、どう答えるべきか難しい。
先ほどの侑希の反応を見る限り、『別に見たくない』というべきなのかもしれない。けれど、本音を言うと、侑希の執事姿を見てみたい気がした。だって、絶対によく似合うから。
少し考えてから、私は言葉を慎重に選びながら口を開く。
「見てみたい気もするけれど、侑くんが嫌なら見なくてもいい。でも、きっと似合うと思うよ。だから、着るならすごく楽しみ」
侑希は返事することなく数回目を瞬くと、首の後ろをぽりぽりと掻いた。昼間とは打って変わって涼しさの混じる風が吹く。
「ん」
返事がどうかも分からないような、小さな声が聞こえた。
◇ ◇ ◇
電子レンジに入れてタイマーを回し、待つこと三分。チーンという音とがして扉を開けると、食欲をそそる香りが鼻孔をくすぐる。
「最近の冷凍食品は凄いよねー」
ミトンを付けた手で中のものを取り出すと、お母さんの口癖を真似ながら被せていたラップを外す。
お皿の上では、ほっかほっかのオムライスが完成していた。
冷蔵庫から取り出したケチャップをかけてスプーンで掬うとぱくりと口に含む。
「うーん。美味しい!」
卵の優しい味わいとケチャップの酸味が混ざり合い、絶妙のコンビネーション。昔の冷凍食品のクオリティについては知らないが、今現在の冷凍食品が凄いという点については同意できた。