☆

「うーん。いないねぇ」
「だな」
 待ち合わせ場所に来たものの、二人の姿はなし。周りを見回しても、見慣れた少女の姿はない。
「初めての二人乗りなのに修ちゃんが全力で飛ばすからぁ。まさき、ぎゅーってできなかったぁ☆」
「唐突に何言ってんだ。お前もう帰れよ」
 何がぎゅーだ。僕は自分の自転車の後ろには嫁以外乗せない、とかいう理由で俺がこぐ羽目になったってのによ。しかも途中「いけないことしてる……」とか耳元で呟くから鳥肌が立ったぞ。コイツ、実は俺が好きってことないよな?
「んもぅ、つれないなぁ。あの子にメール送ってみたら?」
「メールは、とっくに送ったよ。返事はないけどな」
「そっかぁ。じゃあ折角だし、召喚術をしてみる? 昨日ゲームで覚えたんだ」
「よっし。やってやろうじゃないか」
 色々と意味不明だが、暇つぶしには丁度いい。ほら、やってみろ。
「では僕の手を握って。両方しっかりとね」
「おっけ」
 大の男が公衆の面前で手を握り見つめあう。これ、本当は男女でする召喚術じゃないのか?
「次は、呪文だ。えっと……『古よりこの地に封印されし伝説の勇者よ、我が呼びかけに答えよ』。これを同時に」
「よし、覚えた。いつでもこい!」
 こうなったら、とことん付き合ってやる。人の目なんて、気にしない。
「いくよ、せーのっ」
「「古よりこの地に封印されし伝説の勇者よ、我が呼びかけに答えよ」」
 シーン クスクス
 何も起こらなかった。
 ううん、違う。歩いていたおばさん方に、笑われた。
「おい、どうしてくれるんだ。何も――」
「すいません」
「「おわあっ!?」」
 声をかけられ、俺達は飛び上がる。もしかして、本当に勇者召喚した?
 そんなはずはなく、振り向くと知的な雰囲気の男の人が立っていた。簡単に説明すると、エリート会社員って感じ。
「えっと。俺達に何か用ですか?」
 これ、不審者と勘違いされたか?
「キミが、おにーちゃん、ですか?」
「え?」
 その人は、俺に向かってそう言った。……俺はこんな弟を持った覚えはないんだけどなぁ。
「ああ、間違えた。私は橘愛梨さんと寿綾音さんの担任なんです。キミは、二人と面識があるよね?」
 なんだ、学校の先生か。
「はい。でも、それが?」
「ちょっと、学校まで来てくれるかな? 大切な話があるんだ」
 俺に、話?
「それは……。愛梨達と関係があるんですか?」
「そうなるね。分かったら付いてきてくれるかな?」
「…………。分かりました」
(ちょっと、簡単に返事していいの? 不審者かもよ)
 正樹が、耳打ちをしてくる。
(愛梨達のことなら仕方ないだろ。メールのことも気になるし、それにこの人が俺に何するっていうんだよ)
(もしかしたら……。BL的展開で、あんなことやこんなこと……)
 この野郎。いい加減、その話題から離れやがれ。
「ああそうだ。そっちのキミも、橘さん達の関係者かな?」
「僕? 僕はおにーさんだ!」
 バカだ……。自信満々に胸を張って、バカがバカなこと言っている。
「良く分からないけど、関係があるなら一緒に。色々と聞きたいからね」
 色々? 何を聞く?
「あの。ところで何を――」
「さ、待たせているから急いで」
 質問を遮られ、理由もハッキリしないまま俺達はついて行くことになった。
 一体……。何が起きてるんだ……?

                    ☆

 まずは昇降口で来客用スリッパに履き替え、南校舎に案内される。この学校は南と北校舎があって、南校舎が後から建てられた、とのこと。
 俺らは手すりが付いた階段を上って二階へ。そしてしばらく三人で廊下を歩いていると、とある部屋の前で立ち止まった。
「ここです」
 プレートには、『応接室』とある。
 応接室とは文字通り、応接をするための部屋だ。
(ねえねえ。ここで何すんのかな?)
(さあ? ちょっと聞いてみる)
「あの、担任の先生さん。ここで何を?」
「全ては、入ってから説明します。さあどうぞ」
 そう言われたら従うしかない。なのでとりあえずガラガラと扉を開けてみると、眼鏡をかけたおばさんがいた。しかもなんかこっちを睨んでるような気がするけど、まあ入れと言われたから入る。
 そして一歩踏み入れ、右を見ると――
「おにーちゃん!?」
「鈴橋さん!?」
 愛梨と綾音がいた。
 二人は来客用の肘当てがついたソファーに座っているんだけど、なんだろう? 愛梨も綾音も、なんで来てしまったのっ? という感じの顔をしてる。
「お待たせ致しました」
 背後で扉が閉まる音がした後、愛梨達の担任が俺の横を通っておばさんの傍へ。
 えーと、これはなんだろう。部屋にはおばさんと先生と小学生二人、高校生が二人。目的が分からない。そもそも、このおばさんは誰だ? 可能性としては、愛梨か綾音のお母さんなんだろうけど、如何せん似ていない。それに……何ていうか、ヒステリックな感じがする。分かりやすく言うと、怒るとハンカチを噛みそう。
「あー、あの……。これは、何の集まりですかね?」
「っっ! アンタなに言ってんの!?」
 うおっ、質問しただけなのにおばさんがキレた。やっぱりこの人、ヒステリックだ。
「先生。この子が、そうなの?」
「はい。そうみたいですね」
 先生とおばさんが、なにやらヒソヒソ話をする。
 むぅ、さっぱり分からん。愛梨達は苦虫を噛み潰したような顔してるし、斜め後ろでは正樹が壁に張られている『西美小学校の歴史』を頷きながら見てる。
 ……コイツ、本当になんなんだろうね。
「ちょっとすみません。俺達は、何のため呼ばれたんですか?」
 ずっと相手にされないので、大きな声で尋ねてみた。
 すると二人は話すのをやめ、先生が俺の方を見て、静かに口を開いた。
「キミが京助君に暴力を振るった件で、話を聞きたいと思ってね。ここに呼んだんだよ」
「「は!?」」
 俺と正樹は思、わずユニゾンする。
 なっ? はあっ? 俺が、暴力?
「こちらは、京助君のお母さん。お忙しいところをわざわざ来てもらったんだよ」
「は、はぁ……」
 京助、といえばあのツンツンか。で、あいつの母親、と。
 うん、それは分かったけど、暴力って何だ?
「一つ質問なんですけど。暴力って、俺が何をしたんです?」
「っっ! 何ですって!?」
 たったコレだけのことで、親の仇かってくらい睨まれる。こっちはまだ何も理解できてないんだから、止めて欲しい。
「お母さん、落ち着いて。白を切るつもりか知らないけど、まあいいや。キミは先週の火曜日の放課後、京助君と会ってるね?」
「……はい」
 色々と気になる言い方だけど、ここは返事をしておく。
「そこまでは、いいよね?」
「はい」
「ではそこで、キミは京助君に暴力を振るったね?」
「……暴力って……。覚えがないんですが……」
「……正直に、言って欲しいんだけど。本当に、何もしなかった? 京助君に触れなかったのかい?」
 触れなかったって……。あいつは精密機械かよ。
「触れなかったって、まあ……。チョップはしましたけど、でも――」
「やっぱり京ちゃんに暴力を!!」
 俺の声を遮り、おばさんが激昂した。
 えっ! 暴力ってチョップのこと!?
「お母さん、ここは私が。やっぱりキミだったんだね」
「やっぱりって、何ですか。確かに俺はチョップしたけど、それはツンツン――京助が愛梨にちょっかいを出したから、助けるためです」
 まあ、暴力といえばそうなるけど……。これは、違うだろう。
「暴力を振るったことは、認めるんだね?」
「……まあ。でも――」
「ほらね、先生。もう、うちの京ちゃんが……。怖かったでしょうに」
 おいおいおい。何か、俺が悪者みたいな雰囲気になってきてるぞ。
「ちょっと待て。確かにそうかもしれないけど、さっき言ったように理由があったんだ。京助が、愛梨にちょっかいだしてたからなんだよ!」
「……はぁ。証拠は?」
「は?」
 今。この先生、ため息のになんつった?
「橘さん達も同じこと言ってたけど……。キミさ、言い訳はよくないよ?」
「待てよっ、証拠ってなんだよ? 俺は見てんだぞ? それを止めたんだぞ?」
「でもね、それを見たって人はいないんだよ?」
「いや待て、それならそっちの暴力だって証拠はないだろ? てか何を言ってるか分かってます?」
 こいつ、頭が狂ってるんじゃねえか? 支離滅裂だ。
「証拠って。キミが自分で、『暴力を振るった』って言ったでしょ?」
「何言ってるんだアンタは! だ・か・ら、それは京助を止めるためで――」
「あーもー、そんなガキ放っておきましょ。ちょっと先生」
 またもや遮られ、二人でヒソヒソ話を始めた。
(修も、厄介なのに絡まれたね。まさかあの有名人が相手だなんて)
 イライラしていると、正樹が俺にしか聞こえない大きさの声で話しかけてきた。
 あの、有名人……?
(あの人はさ、最近流行のアレ。モンスターペアレントってやつなんだよね)
 そのワードは、ニュースで聞いたことあるな。何でも、相当酷い要求を学校側に突きつけてくるらしいね。
(そこにいるオバサン。そんなに酷いの?)
(去年の文化祭では、自分の子供が主役じゃないって知ったら学校に抗議しに来たらしいよ。あと、去年の運動会。その時は百メートル走で一番になれなかったって理由で、先生と一緒に走った子供に文句を言ってた)
 うわぁ……それって、滅茶滅茶酷いじゃないか。
 自己中だし、子供にまで文句言うなんて。絶対その子達は泣いてるよ。
(あのオバサン、サイテーだな。最悪な生き物だ)
(しかも抗議があまりにしつこいもんだから、一人の先生は長い間お休みすることになったらしいよ)
 それって、精神を病んだってことだよな。
 なるほど……それであの先生は、おばさんに従順なのか。自分の身が大切だから、多少のことは強引に通すつもりなんだろう。
(しかし、アンタ。そんなことまでよく知ってるな)
(妹のなぎさが、去年まで通ってたからね。文化祭のことはなぎさから聞いた。そんでもって運動会は――目の前で、起こったからね)
 正樹にとっても、嫌な記憶なのだろう。苦笑いをしていた。
「ちょっとアンタ達、何コソコソしてんの!! どうせまた悪巧みなんでしょ!」
「違いますよ。はい、止めたからいいでしょ?」
 自分がコソコソしてたくせに、ホント自己中だ。よくこんな人間が、大人になれたもんだ。
 しっかし…………ここからどうするかな。公平なはずの担任が掌握されてるから、絶対的な証拠がないとひっくり返せない。というか、それ以前にちゃんと話を聞いてくれない。
「あの、ところでお母さん? このことは……」
「分かってますよ。私は京ちゃんを守りたいだけなの」
「では、」
「SNSで言いふらしたりたりはしないわよ。正しい判断をしてくれる、いい先生ですものね。これから何かあった時はよろしく頼むわよ?」
「もちろんです」
 目の前で繰りひろげられる、まるで上司と部下のような会話。
 この先生、自分のクラスであった問題を大きくしたくないんだ。だからおばさんの機嫌をとって……。
「じゃあキミ、学校と名前を。まずは先生に連絡するから」
「おいおい待てよ。そっちの意見だけで進むのはおかしいんじゃないのか? こっちの意見だって聞けよ」
「意見、といってもねぇ」
「俺が初めて愛梨を見た日、京助以外にも背が高い坊主のヤツ等が愛梨を囲んでた。そいつらは証拠じゃないのか?」
「その子達にも、ちゃん聞いたよ。けれど、何もなかったと言っているんだ」
「ソレ、ちゃんと聞いたのかよ! じゃあ、これはどうだよっ。金曜日の――」
 と言いかけて、止めた。あの事件は京助の兄が加わっているから絶対的な証拠なんだけど、空き地だったから目撃者もいないし、黙秘されたら終わりだ。
「金曜日がどうかしたのかい? もう、この辺でいいかな?」
 早く面倒事を終わらせたい。という考えが、態度に滲み出ている。
「……まあこれは証拠にも何にもならないけど、良く考えてみろよ? 俺が何もしていない、ただ歩いている小学生にチョップすると思うか? そんなの、大げさに言えば通り魔と一緒だろ?」
「そうっ、アンタは通り魔と一緒よっ! どうせイライラしてて、小さな子に八つ当たりをしただけなんでしょっ!」
「なっ……っ」
「もしくはアレよアレ。小さな子が好きな、ロリータコンプレックスってやつ。弱い子を攻撃して、『俺は強いぞ~』という風に気を引こうとしてたんでしょっ」
 こ、このババア……っっ。人をなんだと思って――
「おにーちゃんは違うよ!」
「鈴橋さんはそんな人ではありません!」
「小さい子が好きで何が悪いんだ! 若さにひがむなよクソババア!」
 ずっと黙っていた愛梨と綾音が、抗議してくれた。正樹は、なんか開き直ってくれた。
「まあ、俺のことをどうこう言うのは勝手だが……このままじゃ愛梨達も納得できない。とりあえず、問題の京助を呼んでもらえませんか? というか、普通はこの場にいるべきじゃないのか?」
 それは、話し合いの基本のはずだ。そもそも、子の代わりに来ている時点で出しゃばりすぎだ。
「それは……。京助君にも都合ってものが」
「京ちゃんは塾の時間だから、アンタ達とバカ話をしてる暇はないの!」
 塾、だって?
「ほぉ、たかだか塾なんかのために、ここに来てないっていうのかよ」
「たかだかじゃないわよ! アンタ達みたいな――そういえば、その制服……。アンタ達は、近くの西園高校でしょ?」
 俺達を見下したよな、意地の悪い笑みを浮かべやがった。
「そうだが……。それがどうしたんだ?」
「やっぱり。西園なんていう低レベルの学校に通う人間には、勉強の大切さが分からないでしょうね」
「「…………」」
「京ちゃんには、良い学校に行ってもらいたいの。だから、つまらないことに時間を割いてる暇はないのよ」
「「…………」」
 俺も正樹も、一切反論しなかった。
 確かに、俺達の学校は県内でも下のほうだ。けど、自分が通う学校を馬鹿にされて気分がいい訳はない。
 けど、けどだ。俺達は何も言わない。それは、分かっているから。そういう人間が沢山いるということを。
 実際に、俺達の周り――学校の先生の中にも、こんな考えの人はいる。例えば去年の英語の先生。この人は、成績によって生徒との接し方を変えていた。俺は中の下くらいだったからまだましだったが、下の方の正樹は結構酷いことを言われていた。
 まあ少しは、そういう気持ちが分からないわけでもない。親は自分の子供に良い大学、良い仕事に就いてもらいたい、楽してもらいたい。そう思うのは当然だ。自分が苦労したからこそ、なおさらだろう。
 でも、この場合は違うんじゃないか? 勉強とかそういうモノ以前に、人としてどうかと思う。
「じゃあ、あれですよ。この話は、日を改めて――」
「その必要はない。まずは連絡をさせてもらう」
 都合が悪くなったら、すぐそれだ。
「ねえちょっと先生。そっちよりも、先にこの子の親を呼んだほうがいいんじゃない?」
「えっ……」
 その言葉に、愛梨がピクッと反応した。
「それも、そうですね。橘さん、お母さんに連絡してもいいよね? この時間はお仕事してるのかな?」
「だ、ダメっ!!」
「あらあら、何を慌てているのかしら? もしかしてアナタも仲間で、共犯だから焦っているんじゃないでしょうね?」
 いや、それは違う。
 愛梨が困っている理由は、親に心配をかけたくないからだ。
 なんつーか…………イジメを受けてることってのは、家族には知られたくない。
 俺も、そうだった。エロい本のことで、一度だけイジメが発覚したことがあった。で、先生から親を呼べ、と言われたが、あれこれ理由を考えて断った。家に来ないように、強引に出かけたりした。電話をかけられないように、こっそり電話線を半分抜いてたこともある。
 結局最後は先生に、連絡帳に親の気持ちを書いて、と言われて、こそこそ自分で書いて持って行った。下手な字を、出来るだけ上手く見せるように何度も何度も書き直して。
 そんなことまでしても、知られたくないんだ。
 だから。まるで、あの時の俺を見ているよう。
 だから。俺は、愛梨を助けてやりたい。
 そのためには、今すぐ解決する必要がある。
 あのババアの性格だ、自分の子に非があると分かればすぐ黙る、もしくはうやむやにするだろう。そうすればそこで終了。
 でも、それは難しい。可能性は皆無だろう。事実を知っているのは、俺、愛梨、綾音、正樹だから。身内が何を言っても信じてもらえない。
 今となっては、つい認めてしまった自分自身に腹が立つが、後の祭り。
 ババアがうっかり事実を吐いてしまえば、という可能性もあるにはあるんだけど、これも厳しい。普通の人ならまだしも、コイツは人の話を聞こうとはしない。さらに京助が都合の良いことだけを話している可能性もあるから、期待度は0だ。
 だとすると…………他に方法は一つしかない。けれど……それをやると、色々とリスクがある。下手したら……俺は――いや、でもこれしかないんだ。
 浮かんだのは自分でも呆れる作戦なのだが、覚悟はあっさりと決まった。だって、俺は愛梨を守る騎士だから!
「……ったくよ、もう面倒だから、正直に話してやるよ!」
 印象を悪くするために、出来る限り言葉遣いは悪くがポイントだ。
 愛梨、見ててくれ。俺の、人生最大の演技をな。
「正直に? キミ、どういうことかな?」
「俺の動機はほぼ、そこのクソババアが言ったとおり。俺は偶然見かけた愛梨に興味を持った。だから、ちょっかい――愛梨のスカートを捲っていたあのガキをチョップして追い払い、気を引こうとしたってわけだ」
「……。暴力を、認めるんだね?」
「ああ。全部ホント。いや~、偶然愛梨のスカートを捲ってたガキがいて助かったぜ。近づく切っ掛けができたんだからな」
「っっ、ちょっと待ちなさい! 京ちゃんがそんな下品なことをするわけないでしょ!」
 おーおー、顔真っ赤にしちゃって。高血圧か?
 ……でもなぁ。今日はもっともっと、血圧を上げてやるぜ?
「おいおい。そこだけ嘘ついたって、仕方ないだろ?」
「黙りなさい! 言うに事欠いて!!」
「言うに事欠いて? 何もかも事実なんだよなぁ、これが」
「っっっ! アンタみたいな鬼畜と一緒にするんじゃないっ!!」
 鬼畜、ときたか。まさか鬼畜に鬼畜と罵られる日が来るとはなぁ。
「はぁー、自分の子供は可愛いでちゅねぇ。認められまちぇんねぇ」
「うるさい! アンタみたいなゴミが存在してるから犯罪が起こるのよ!! もうっ、もう警察呼ぶわよ!」
「ちょい待てよ。ゴミはそっちで――」
「黙りなさいっっ!!」
 これ以上叫んだら倒れてしまうんじゃないか、というほどにエキサイトしている。
 ま、挑発はこの辺でいいか。
「……ふぅ、この人とは話にならないなぁ。さあて、どうする先生?」
 捨て身に出たんだ。お前はどうするよ?
「…………それに関しては、後日詳しく聞きます。今は暴力問題が先で、今すぐ学校に不祥事として連絡します」
 ちっ、やっぱりだめか。
「先生っ。おにーちゃんは――」
「学校は、分かってるよな? 二年四組の鈴橋だ!」
 危ない危ない。愛梨の気持ちは嬉しいけど、ここは黙ってもらわないと。
「…………分かりました。では連絡をしておきます。あ、そこのキミは」
「コイツは関係ない。偶然に俺と一緒にいた、ただそれだけだ。アンタ達だってコイツのことは何も聞いてないだろ?」
「……確かに」
「じゃあ、俺は帰らせてもらう。勝手に連絡でもしてろ」
 ここで話を終わらせないと、ややこしくなってしまうから。片方の目的だけでも達せただけでも充分だ。
 もう片方は…………諦めよう。
 踵を返し、愛梨達と視線を合わせないようにして、歩き始める。
 …………愛梨達は、どんな顔しているんだろう。怖くて見れない。ホントごめんな。こんなバカなことしか思いつかないヤツで。
(修。いいの?)
 通りすがり。正樹が呟いたけど、小さく頷いて返事した。
 いいわけないけど、仕方ないじゃんかよ。
 俺は扉までゆっくりと歩くと、荒っぽく扉を開け、バンと音がするほど強く閉めた。
 廊下に出たあと扉を一発蹴ってやろうかと思ったけど、止めた。これをすると、自分が止められなくなりそうだから。
 結局俺はそのまま階段を降り、靴を履いて学校を出た。
「あぁ……。くそっ……っっ」
 校門を出たところで、無意識に出てしまう言葉。
 無能な自分に対しての怒り。理不尽な状況に対する怒り。その他にも、言い出せば山ほどあるけど、それを押し殺して家に帰ることにした。


 なんだよ……。結局、あの時と何にも変わらないじゃないか……っ。