息を潜めたままクローゼットに視線を送るが、クローゼットからは何も聞こえてこない。部屋は静寂で満ちている。


――とりあえず、この部屋から出よう。

誰か人を呼ぶことができれば。そうだ、まずは大家さんに事情を説明して、いや、それよりも警察に連絡を入れるべきだろうか。

混乱する頭の中を落ち着けるように小さく息を吐き出してから、右足を一歩下げて、音を立てぬよう静かに身体を動かす。
扉に向けて足を一歩、二歩と踏み出して、あと一メートル程で扉に辿り着くという所で――

「あの、すみません」

――今、誰かの声が聞こえたような。
そして、誰かの手が右肩に置かれている、ような……。


恐る恐る、後ろに振り向く。

「あ、どうも」


――そこに居たのは、にこやかな笑顔で挨拶をする、昨日壬生寺で出会った青年だった。

「……っ、キャー!!不法侵入~!!」