ビジネスでも関わりの多い事務所の社長が、うちの新人ですと局に連れてきたのが一番最初だった。自分の娘と同じくらいの年齢か。──俺には娘なんかいないのだが。

 ぱっと見たときに、ああ、この子はいいパーソナリティになるだろうとそう思った。そんな風に、第一印象で感じたのは、あいつに会ったとき以来のことだった。



「は?DJユージ?聞いたこともないな」

 すみませんとぺこぺこと頭を下げるAD。あれは9年前の冬だった。世の中はクリスマスムード一色。ラジオの番組でも話題はクリスマスについてのことばかり。リクエスト曲もほとんどがクリスマスソング。なにをそんなに浮かれているのか。クリスチャンでもないくせに。なんて、頭の隅では鼻で笑いながら、クリスマスという一大ビジネスチャンスにラジオ局としても精を出していた時だった。人気の生放送番組のパーソナリティがインフルエンザにかかった。

 パーソナリティというのは、基本的には何があっても番組に穴をあけることは許されない。多少の熱や体調不良ならばやりきるのが当然だ。しかし、インフルエンザなどの伝染病となれば話は別。他のスタッフやパーソナリティにうつったら、それこそ大惨事。しかし、そのパーソナリティがインフルエンザだと診断されたのが当日の午前中というわけで、局内は慌ただしかった。他の番組を担当しているパーソナリティなどにあたってみるものの、当日の生放送を引き受けられる状況の人間はなかなかいない。皆それぞれ、芸人や歌手、タレントだったりと本職をもっている人間が多いというのもラジオ局の実情だ。

 そんな中、ひとり代理のパーソナリティが見つかりましたとデスクまでやって来たADは、俺に一枚の紙を渡してきた。それは、あるパーソナリティのプロフィール。事務所HPのプロフィール欄を印刷したのだろう。顔写真の欄にはへたくそな子供が書いたようなにこにことした顔のイラストがあり、その脇には生年月日と経歴。──が、CMのナレーター実績や音楽番組でのコール出演のようなものだけしか経歴欄に記載されていない。

「おい、生放送なんかやったことあるのかよ?」

 タバコを吹かしながらその紙を睨みつけるとADはううんと唸る。

「多分、ない……と思います」

 おいおいまじかよ。

「それじゃあ収録番組でもいいや。ひとりで番組まわした経験は?」
「それも多分ない……かと……」

 ADは気まずそうに視線を左右上下に彷徨わせながら答える。はあああ?と大げさでなく大声が出た。そんなドのつく素人に、人気の生放送番組をやらせようだなんてイカれている。

「そんなん無理に決まってんだろ!もう一度探し直せ!!」

 手に持っていた紙を床に投げつけた時だった。

「やってみないと分からないじゃないですか」

 落ち着いていて心にすっと入ってくる、まっすぐな声が響いた。声の主は、まるで少年のような出で立ちの、けれど強い意志を持った瞳が印象的な青年だった。
 ──こいつならば、やるかもしれない。
 直感的にそう思った。そんな経験は、長いこと続けてきたプロデューサー業の中でも珍しいことだった。
 そして俺の直感通り、彼は初めての生放送を、人気番組という重圧をものともせずに見事に回しきったのだ。新人なりの荒さや言葉の拙さ、不自然な間などは多少あったものの、それを考慮してもとても新人とは思えなかった。才能の塊。そんな言葉がしっくりとくるような男。しかしそれだけじゃないということを知るのは、もう少しあとになる。

 ユージの人気はあっという間に火が付いた。今後どの番組に出るのかという問い合わせが頻繁にきて、これはと思い正式にオファーを出した。冠番組をすぐにというわけにはいかなかったが、人気番組のアシスタント出演、ひとつのコーナーを持たせていくうちに、頭角をぐんぐんと現していった。
 彼が紡ぎだす言葉たちはまるで歌詞のようで、まっすぐに人々の心に届いた。

 マイクの前と、マイクがないところでの彼はまるで別人のようなのもユージの面白いところだ。普段は寡黙であまり多くは語らない。すすんで人前に出て行くようなタイプでもない。それなのに、いざマイクの前に立てば、彼の声は多くの美しい言葉たちや音たちを作り出していく。それはまるで、魔法を見ているような気分だった。