「おい、そろそろ起きろ」

 ゆさゆさと肩を揺らしてやれば、ふにゃけた顔を彼女が向ける。愛おしい気持ちの隙間で、チリリと胸が焼け焦げた。

「あ、え……あれ?来栖さん……?あ……久しぶり……」

 それから時計を見て彼女は驚いた。こんなに寝ていたの?と。そんな彼女の様子を微笑ましく思いながら、大きな段ボールをデスクに置く。いつ渡そうかずっとタイミングを見計らっていたのだ。彼女はきょとんとしながら不思議そうにその箱を眺めている。

「開けてみて」

 そう言えば、彼女は導かれるようにそっと箱を開いた。

「え……」

 一瞬、怯えた表情をした彼女の肩にそっと手を置く。

「大丈夫。心配しなくていい」

 案の定肩は小刻みに震えていたけれど、彼女はそっと深呼吸をすると頷いた。そして箱の中へと手を伸ばす。
 たくさんの、メッセージ。はがきであったり手紙であったり、メッセージフォームに届いたものを印刷したものであったり。中にはぬいぐるみが付いている電報などもあった。これはすべて、リスナーからタピ子へのメッセージだ。震えながらゆっくりと目で文字を追う彼女。すぐにその表情は涙でぐちゃぐちゃになった。

「紹介してよ。そのメッセージを」

 そう言えば、彼女は涙で濡れた顔を俺に向けて、そして力強く頷く。ミキサールームに戻って、マイクをオンにすれば彼女の息遣いがマイク越しに聞こえた。
 大丈夫、出るよ。ちゃんと声は出るから。お前は、大丈夫だから。

「……らじお、ねーむ……キラキラ、さん」

 ほら。出たじゃないか。

彼女自身、驚きと戸惑い、涙が混ざり合ってうまく表情を作れないみたいだ。それでも彼女は口を開く。

「タピちゃんの、声が聴けなくて、彼女ととてもさみしい想いを、しています。だけど、いつまでも、待っています。人生は長い。焦らなくていいんだよ。いつでも俺たちはここにいるから。ずっと、ずっと待っています」

 時折鼻をすすりながら、時折息を詰まらせながら、彼女は必死に読んでいく。

 ラジオネーム赤いキツネ太郎さん。DJタピーさんの声が聴けないと安心して年も越せません。ぼくにコタツから出ろと言ってください。来年になってもかまいません。自分の中ではそれまで時を止めておきます。

 ラジオネーム犬身沢さん。タピーさんいかがお過ごしですか?癒し効果のあるハーブのサシェを入れたぬいぐるみを作ってみました。タピーさんのマスコットキャラクターを勝手にイメージしてみたよ。また新キャラを作ったら送ります。はやく元気になりますように。

 ラジオネームベーカリーボーイさん。いつだって休憩は必要だと僕は思う。お腹が空いていると、人間ろくなことを考えないものだよ。おいしいものをたくさん食べて、頭をからっぽにしてゆっくり過ごしてね。僕はタピーさんのトークを聴きながら食べるおうどんが世界で一番すきです!

 ラジオネームゆで卵丼さん。どんな人間にも大きな壁が立ちはだかるときがあります。そのときは大きな試練ですが、その壁の向こうには新しい世界が広がっています。壁を壊して突破するもよし、着実に上りきっていくもよし。色々な方法があると思います。タピーさんのやり方を見つけて世界へ飛び出てください。新しいタピーさんに出会えるのを、楽しみにしています。

 次々と取り出しては読まれていく彼女へのメッセージ。彼女への、ラブレター。

「……」

 するすると、泣きながらも読み上げていた彼女の声がぴたりと止まって俺は顔をあげた。厳しい内容のものはあそこには入れていないはずだ。まさか紛れ込んでいただろうか。
 心配になって首を伸ばすと、彼女はいっそう背筋をしゃんもさせる。それは、つい数秒前まで泣きじゃくりながら読み上げていた彼女とはまるで別人のようだった。一緒に番組をしていたころの、生放送中の彼女の姿。

「ラジオネーム、抹茶メモさん」

 その声が聞こえたとき、ああ、越えたなと、そう思った。しっかりとした声、芯のあるトーン。

 な、大丈夫だったろ。お前のことを待っているひとが、こんなにたくさんいるんだ。愛してくれるひとたちが、こんなにたくさんいるんだ。たとえ敵がいたとしても、味方だってこんなにいる。怖がることなんて何もない。

 ずっとずっと、待っていたよ。
 新しい姿を俺たちに見せてくれ。

 おかえり、DJタピー。