さい-のう【才能】
物事を巧みになしうる生まれながらにして持った能力。
「才能に恵まれる」「才能を伸ばす」「才能が開く」


 腕時計に目をやれば、朝の6時を指していた。また朝になってしまった。始発で帰ろうと思っていたのに、とっくにその時間は過ぎている。
 コーヒーでも飲もうと思いスタジオの扉を開けると、コツンと足元で音がした。見下ろせば缶コーヒーがひとつ、そこに立っている。

「ココアのお礼ってか?」

俺は小さく笑ってプルタブを引いた。

 ラジオのパーソナリティという職業と出会ったのは学生最後の冬だ。声の仕事がしたいと思っていた俺が現実という壁に突き当たり、一般企業に内定を決めた冬のことだった。
 就活も終わり、暇を持て余した俺は、新しいバイトを始めた。きっとこれが人生最後の“バイト”になるだろうと選んだのは、ダイニングバーのバーテンダー。店内ではジャズや落ち着いた音楽が流れていたけれど、オーナーが大のラジオ好きで、オープン前とクローズ後には必ずラジオがかかっていた。
 ずっと、ラジオなんておっさんが聞くものだというイメージが勝手にあった。おしゃれな音楽なんてかからなくて、ひたすら画面のない野球中継をしている退屈なものだとか、電波オタクなるものがハマるマイナーなものだとか、そういう偏見。いま思うと、本当すごい偏見だと思う。
 ところが、オープンの準備をしながらなんとなく耳に入ってくるラジオの世界は新しいことの発見で溢れていた。リアルタイムでつながる濃さ、テレビなど他のメディアにはない著名人の生の声。ラジオの世界というものは、もちろんある程度の節度はあるけれど、割とやりたい放題だったりもする。テレビではおとなしそうな芸能人が、ラジオでははじけまくっていたり、あんなことやこんな話をしていたり。
 それがすごくおもしろかった。なんだ、芸能人も普通のひとなんだなって。人間らしさを感じることが出来て、親近感がわいた。“作られた”ものじゃなく“ありのまま”に近い気がした。
 おもしろいな──。久しぶりに、心の奥底からわくわくとした気持ちが湧き上がった。この世界に、飛び込んでみたい。そうして俺は、失った夢を取り戻したのだ。