「で、なんで突然バイトなわけ?」

 親友が、アルバイトの求人誌を広げる私の手元を覗き込む。売店の入口に置いてある薄っぺらい情報誌。生まれてこの方、私は社会というものでバイトをしたことがない。近所の小学生の家庭教師をしていたことがあるくらいで、一般的な店だとか会社などで働く機会が今まではなかったのだ。そんな私がバイトを始める決意をした。それは、ユージさんの言葉がきっかけだ。

 昨夜、私が遠距離恋愛をしていると勘違いしたユージさんはこう言った。「会えない時間が育てるなにかもあると思う。今は自分のために出来ることをやってみたらどうかな」──と。

「で、バイト……?」

 親友がよく分からないと首を傾げる。

「そう!やっぱり来年は就活もあるし、一度くらいはきちんと外で働いておかないとと思ってさ。家庭教師のバイトも、習い事が忙しくてもういいって言われちゃったし……」

 パラリパラリ。頼りなくて素っ気ない薄い紙にはぎっしりと求人情報が印字されている。世の中にはこんなに仕事があるのか。これなら、なんとなく不安で恐れている就活だってそうそう悪い結果にはならないのではないかと思う。

「何にしよっかなぁ。塾講師……大変そう。ファミレス……重そう。アパレル……女の世界って感じで怖そう。居酒屋……酔っ払いを相手にするのやだなぁ」

 どれもこれも大変そうな仕事ばかり。どこかにラジオ関連のアルバイトがないだろうかと探してみたが、そんな情報はどこにも載っていなかった。

「どんなバイトだって慣れれば楽しいよ。ぴんと来たものないの?」

 さすがはバイトファイター。親友は1年の頃から同じところでアルバイトを続けている。今やバイトリーダーなる地位にまで就いているらしい。

「うーん……あっ……」

 人差し指で誌面の上を滑っていけば、とあるキャッチコピーの上でぴたりと止まった。

♪もちもちぷるぷる。今人気のタピオカのお店で働きませんか?初心者大歓迎!♪

 これは……!「タピちゃん」と呼ぶユージさんの声が頭の中でリフレインする。
 タピ・オカ子、タピオカ屋さんでバイトします!