「今夜はここ!」
「焼肉久しぶりかも」
「スタミナ!焼肉!」

 腕をブンブンまわしながら店に入る来栖さんの背中を見て、思わず声を出して笑ってしまう。まるで小さな子供みたい。年上なのにこんなところもあって、一緒にいて気楽。
 最近は来栖さんが仕事終わりやオフに、色々な所へ連れ出してくれる日が続いていた。
 彼はラジオのことは一切何も聞かなかったし話さなかった。仕事の話は全然しない。うまいものを食いに行こうとか、マイナスイオンを浴びに滝に行こうとか、イルミネーションにカップルを冷やかしに行こうとか。バイトとスタジオ以外は家にこもりがちな私をあちこちと連れ回してくれた。
 来栖さんはいい人だ。私が一番辛い時、側で支えてくれたひと。ふたりで一人前のディレクターとパーソナリティになろうと約束をした数少ない同期とも呼べる相手。だからこそ、きちんと言わなければならないとそう思って今日はここへ来た。

 じゅうじゅうと音と煙を吐き出す七輪のむこう、目尻を下げて嬉しそうにお肉とわたしを交互に見る彼の顔をじっと見る。このひとは、きっと、絶対。素晴らしいディレクターになるだろう。

「あのね」
「うん?」
「わたし、──だめかもしれない」

 煙の向こうの彼はまっすぐにわたしを見つめた。

「ふたりで番組作ろうねって約束したけど、もう無理かもしれない」

 最近ずっと考えていたことなのに、声に出したら不覚にも震えてしまう。パチパチと炭火が小さく弾けた。ディレクターとパーソナリティは、番組を作る上でのパートナーとも言える。

「私、来栖さんのパートナーにはなれないかもしれない」

 じわっと煙が目にしみた。すなわちそれは、パーソナリティとしての道を諦めるということを示す。ぎゅっと唇を噛んで膝の上に置いた拳を見つめた。じゅうじゅうじゅわっ。肉汁が炭に落ちて、大きな音をたてる。

「お前がどんな決断をしても、俺はお前の隣にいるよ」

 しゅわしゅわと表面であぶらが弾けるお肉が彼の手によって目の前のお皿に移される。

「仕事だけがパートナーになる方法じゃない」

 もう一枚、しゅわしゅわ鳴くお肉が丁寧に置かれた。顔を上げると、優しい瞳と視線がかち合う。

「俺、お前が好きだよ」

 じゅうじゅうとお肉や炭が鳴る音も、お店の喧騒も、全てが消えて、無になった。