「お前、本当に声が出ないのか?」
「……はい」

 それはとても妙な光景だった。声が出ないのかというプロデューサーの問いに、私は自らの声で答えているのだから。

「マイクがオンになった時だけなので、ストレス的な部分で一過性のものだそうです。心療内科に通いながら様子を見るようにと医師が言っていました」

 異変に気付いた来栖さんは私を連れ、タクシーで病院へと向かった。そこで診断された内容を彼が今説明してくれている。頭の中は未だに真っ白のままだ。なぜだか私の声は、オンになったマイクの前でのみ、その音を失ってしまう。
 金曜の番組は代理をたてるとして、インタビューはタピ子の名前がタイトルに使われているしなぁとプロデューサーは腕を組んだ。

「インタビューのコーナーは俺がやります」

 後ろから声が響く。驚いて振り向けばそこにいたのは、どうやら話を聞いていたらしいヒロさんだった。

「俺がインタビュー行くので新しいリポーターはいりません」

 パーソナリティを目指している人なんて、ごまんといる。ちょっとした隙間をチャンスとして狙っている人がたくさんいる。そんな中、ヒロさんは私の居場所を守ろうとしてくれているのだとすぐに分かった。だけど、あの忙しくて売れっ子のヒロさんがわざわざインタビューに出向くなんて──。

「俺にやらせてください。お願いします」

 ヒロさんはプロデューサーに向かって頭を下げ、私と来栖さんも慌てて頭を下げたのだった。

 プロデューサーが分かったと渋々頷き、私たちは会議室を後にした。私には、治療に専念するという名目のもとの休みがあてがわれた。

「ヒロさん、すみません……ありがとうございます」

 それじゃあなと片手をあげたヒロさんに向かって急いで頭を下げると、彼は立ち止ってそっぽを向く。

「俺インタビュー得意じゃないんだから、早く戻ってこい」

 ヒロさんらしい返しに熱いものが込み上げる。本当にごめんなさいと、もう一度頭を下げると「あの人には借りがあるんだ……」ヒロさんがぽつりと呟く。え?と顔を上げた時には、彼はもうこちらに背を向け、廊下の奥へと歩いて行ってしまっていた。