「……そっか、つらかったね」

 泣きはらした目で局を出れば、なぜかカフェ子が私のことを待っていた。今日の放送を聞いていたのだろう。彼女は何も言わずに私のことを抱きしめると「今日はうちでパジャマパーティ強制!」と優しく言い、今私たちはパジャマ姿で缶ビールをちびちびと舐めている。
 人間というのは不思議なもので、どんなに落ち込んでいてもずっとそのままではいられないのだと思う。少し冷静さを取り戻した私は、今日あった出来事を洗いざらいカフェ子に話したところだった。

「でもね……掲示板見ながら、どこかでほっとしたんだ……」

 私の言葉にカフェ子が大きな目をさらに見開く。

「なにに……?」
「ユージさんの名前が、出てこなかったことに」

 私への誹謗中傷が溢れるSNSページを開いた時──何よりも怖かったのは、私への負の感情がユージさんに飛び火することだった。私がDJユージに憧れてパーソナリティになったということは、周知の事実だったからだ。

「あのページを見ながらひたすら祈ったの。ユージさんの名前が出てきませんようにって」

 そう言うとカフェ子は静かにひとつため息をついた。

「……ユージさんって幸せだね。こんなに想ってくれる人がいるんだもん」

 彼女はナッツをぽりっと齧る。

「そんなこと言ったらカフェ子だって相当にしあわせだと思うよ」

 私もナッツをひとつ口に放り込む。なにが?という顔をする彼女の後ろには、幸せそうなツーショットの写真が壁に何枚も貼られていた。

「キラキラさん、本当にカフェ子のこと大事に想っているもん」

そう言えば、カフェ子もつられるように後ろを振り向き頷く。

「そうだね……。毎日仕事して、嫌なことあったりもするけどさ。親友のタピ子がいて支えてくれる彼がいて味方でいてくれる家族がいて。当たり前の日常なんだけど、忘れがちだけど、幸せなんだよね。それを忘れないで毎日過ごしたいよね」

 そんな風に言うカフェ子は、どこか大人びて見えた。社会人として、大手企業の中で必死に働く彼女は、私よりもずっと、世の中を見ているのかもしれない。ただ楽しく騒いでいただけの学生時代がふと懐かしくなった。毎日笑っていたあの頃。

「学生時代楽しかったよね」

そう言えばカフェ子も頷く。

「朝までカラオケしたりしてたね」
「体力もあった」
「あの頃に戻りたいって思う?」

ふと出されたカフェ子の言葉に、私は少し考えてみる。言ってしまえば私は今日、人生で一番の挫折を経験したと言っても過言ではなかった。学生の頃はもっと気楽でただ楽しくて悩み事なんてくだらないことしかなくて、きっと今より楽しかったはずだ。──それでも。

「やっぱり、今の方がいいな」

 どんなに最悪な状況でも、どんなに敵がいたとしても。それでも今の私には憧れのひとがいる。親友がいる。家族もいる。そして、やっと見つけた夢がある。どんなに険しい道だとしても、どんなに厳しい状況だとしても、やっぱり私は今の自分を貫きたいと、そう思う。
そんなわたしの言葉を聞いてカフェ子は優しく微笑んだ。

 大丈夫。わたしはまた、明日から頑張っていける。

 こうして私は切り替えることに成功した──かのように見えた。