その後のことはあまり記憶になかった。
ヒロさんに少し寝ろと後部座席でブランケットをかぶされて、私はただただ明るくなり動き出した街が窓に映るのを眺めていたのだと思う。心が空っぽになった。家に帰って、ほんの数時間寝たのかもしれないし、寝ていないのかもしれなかった。
「タピ子?俺だけど。さっき先方から連絡きて今日インタビュー無理そうって。だから今日休み。今週分は前回の再放送まわすから」
目が覚めて支度をしていたらヒロさんから電話がきた。インタビューは延期になったらしい。少し安堵のため息がでる。正直何もしたくない、出来ない気分だった。
その日一日、わたしはベッドの中で過ごした。何度かお母さんが声をかけてくれたけれど生返事を返した。カフェ子からも連絡がきたけれど、ちょっと今忙しいからまた連絡するとだけ文字で返した。
そんな日が三日続いた。今日は生放送の日だ。さすがに生放送に穴をあけるわけには行かない。冷たい水で顔をしっかり洗って、いつもより念入りに化粧もしてラジオ局へと向かった。ちゃんと、しなくちゃ。しっかり、やらなくちゃいけない。私はパーソナリティなのだ。
「おはよ。体調なおったか?」
スタジオに入るとADの来栖さんが椅子から私を見上げる。返事ができていなかったが何通か彼からもメッセージが来ていた。
「ごめんね、返事してなくて。ちょっと疲れが出ちゃって」
元気ならいいんだ、と彼は片手をあげた。色んな人に心配をかけてるのかもしれない。ちゃんとしなくちゃ。
そして生放送が始まった。いつも通り、平常心。それを心がけてメッセージを読みトークを展開していく。音楽を紹介している。──はずなのに。
何度も何度も噛み間違え、メッセージには見当違いな返しをして、曲紹介ですら違う名前を読み上げ訂正しなければならなかった。最悪の生放送だった。
放送後、ガラスの向こうを見れば頭を抱えるディレクターと、眉をひそめる来栖さんがそこにいた。やってしまった……謝らなければ。そう思い立ち上がったのと、ドアがバンと乱暴に開けられたのが同時だった。入って来たのは、見たこともない顔の来栖さん。
「なんだよ今日の放送。遊びでやってるつもりか?」
「そ、そんなんじゃ……」
見たこともない剣幕に、一歩も動くことが出来なくて、口もうまく動かない。
「この番組のために何人の本気がかかってると思う?何人の人たちがこの番組を聞くのを楽しみにしてると思う?アーティストや曲の名前を間違える?メッセージくれたリスナーの気持ちは?私情挟んで他人に迷惑かけるなんて、DJとしてだけじゃない。お前は社会人失格だ」
一気に浴びせられた言葉たち。それはどれも正論で私からはなんの言葉も出てこない。来栖さんは大きくため息をついたあとスタジオを出て行った。へなへなと腰が抜けてその場に座り込んでしまえば、代わりに入ってきたディレクターが私の肩に手を置いた。
「来栖の気持ちも分かってやれ。お前が今しんどいのは俺もあいつも分かってる。けどな、そういうのを出さないのが、プロってやつなんだよ」
また今度な、とディレクターもスタジオを出ていく。一体私は何を……。
『社会ってそんな甘くないよ』
一番最初にユージさんに会った時。あの時に言われた言葉が蘇る。
「……わたしってなんて馬鹿なんだろう……」
不甲斐なくて、情けなくて、申し訳なくて、恥ずかしくて、そんな自分が悔しくて大嫌いだ。その場で自分の腿に爪を立てる。ぽたっと涙がこぼれたとき、ヒュンッとパソコンに受信を知らせる音が響いた。
普段は放送後、パソコンに通知が来ることはない。それは、来栖さんたちが大本の電源をオフにするからだ。私は何か惹かれるようにゆらりと立ち上がり、その画面を確認する。
『DJタピーさんへ』と書かれたタイトルのメッセージ。カチリとメッセージを開いてみれば、そこには長ったらしいURLが貼りつけてあった。
『タピーさんへ。必ず見てください』
そんなメッセージに導かれるように、私はそのURLを開いたのだった。
ヒロさんに少し寝ろと後部座席でブランケットをかぶされて、私はただただ明るくなり動き出した街が窓に映るのを眺めていたのだと思う。心が空っぽになった。家に帰って、ほんの数時間寝たのかもしれないし、寝ていないのかもしれなかった。
「タピ子?俺だけど。さっき先方から連絡きて今日インタビュー無理そうって。だから今日休み。今週分は前回の再放送まわすから」
目が覚めて支度をしていたらヒロさんから電話がきた。インタビューは延期になったらしい。少し安堵のため息がでる。正直何もしたくない、出来ない気分だった。
その日一日、わたしはベッドの中で過ごした。何度かお母さんが声をかけてくれたけれど生返事を返した。カフェ子からも連絡がきたけれど、ちょっと今忙しいからまた連絡するとだけ文字で返した。
そんな日が三日続いた。今日は生放送の日だ。さすがに生放送に穴をあけるわけには行かない。冷たい水で顔をしっかり洗って、いつもより念入りに化粧もしてラジオ局へと向かった。ちゃんと、しなくちゃ。しっかり、やらなくちゃいけない。私はパーソナリティなのだ。
「おはよ。体調なおったか?」
スタジオに入るとADの来栖さんが椅子から私を見上げる。返事ができていなかったが何通か彼からもメッセージが来ていた。
「ごめんね、返事してなくて。ちょっと疲れが出ちゃって」
元気ならいいんだ、と彼は片手をあげた。色んな人に心配をかけてるのかもしれない。ちゃんとしなくちゃ。
そして生放送が始まった。いつも通り、平常心。それを心がけてメッセージを読みトークを展開していく。音楽を紹介している。──はずなのに。
何度も何度も噛み間違え、メッセージには見当違いな返しをして、曲紹介ですら違う名前を読み上げ訂正しなければならなかった。最悪の生放送だった。
放送後、ガラスの向こうを見れば頭を抱えるディレクターと、眉をひそめる来栖さんがそこにいた。やってしまった……謝らなければ。そう思い立ち上がったのと、ドアがバンと乱暴に開けられたのが同時だった。入って来たのは、見たこともない顔の来栖さん。
「なんだよ今日の放送。遊びでやってるつもりか?」
「そ、そんなんじゃ……」
見たこともない剣幕に、一歩も動くことが出来なくて、口もうまく動かない。
「この番組のために何人の本気がかかってると思う?何人の人たちがこの番組を聞くのを楽しみにしてると思う?アーティストや曲の名前を間違える?メッセージくれたリスナーの気持ちは?私情挟んで他人に迷惑かけるなんて、DJとしてだけじゃない。お前は社会人失格だ」
一気に浴びせられた言葉たち。それはどれも正論で私からはなんの言葉も出てこない。来栖さんは大きくため息をついたあとスタジオを出て行った。へなへなと腰が抜けてその場に座り込んでしまえば、代わりに入ってきたディレクターが私の肩に手を置いた。
「来栖の気持ちも分かってやれ。お前が今しんどいのは俺もあいつも分かってる。けどな、そういうのを出さないのが、プロってやつなんだよ」
また今度な、とディレクターもスタジオを出ていく。一体私は何を……。
『社会ってそんな甘くないよ』
一番最初にユージさんに会った時。あの時に言われた言葉が蘇る。
「……わたしってなんて馬鹿なんだろう……」
不甲斐なくて、情けなくて、申し訳なくて、恥ずかしくて、そんな自分が悔しくて大嫌いだ。その場で自分の腿に爪を立てる。ぽたっと涙がこぼれたとき、ヒュンッとパソコンに受信を知らせる音が響いた。
普段は放送後、パソコンに通知が来ることはない。それは、来栖さんたちが大本の電源をオフにするからだ。私は何か惹かれるようにゆらりと立ち上がり、その画面を確認する。
『DJタピーさんへ』と書かれたタイトルのメッセージ。カチリとメッセージを開いてみれば、そこには長ったらしいURLが貼りつけてあった。
『タピーさんへ。必ず見てください』
そんなメッセージに導かれるように、私はそのURLを開いたのだった。