早朝の空港は、昼間ほどのざわめきはない。それでも乗り換えをソファで待つ人や、時間を持て余しながらスマホをいじる人、椅子をくっつけて仮眠をとる人などがいた。
 右を見て、左を見る。手の中のスマホなんて何の意味も持たなかった。だってわたしは、彼の番号も何も知らないのだから。たった一人の姿を探しながら、空港内を小走りで進んでいく。ユージさんはここにいる。絶対にいるはずなんだ。

 ユージさん
 ユージさん
 ユージさん

 このまま会えなかったら
 このままアメリカに行ってしまったら
 ──もしこの先ずっと、会えないとしたら

 そんな不安が心に覆いかぶさって、不安で苦しくて泣きそうになる。

 いやだ
 もう会えないなんて
 絶対に──

 泣きたくない。絶対に泣くもんかと思っていたのに、フライトの案内板がじわりと滲んだ。そのときだ。

「……タピちゃん……?」

 驚いたような呟きが私の後ろから聞こえた。その声に導かれるように振り返れば、そこには探していた彼の姿がある。

「ユージさん……」

 黒いオーバーサイズのパーカーにいつものキャップ姿。大きな鞄を持つユージさんがそこにいた。

「なんで……」

 彼は、心底驚いているようだった。

「こんな時間に……」
「なんでじゃないです!なんでじゃないですよ!なんでって聞きたいのはこっちです!」

 私は彼に駆け寄って、その両手の袖を思わずつかんだ。涙が溢れるのは止められない。ぼろぼろと涙がこぼれる。だけど仕方ない。

「ユージさん!行かないでください!わたし、ユージさんみたいになりたいんです!ユージさんが一番の憧れなんです、目指す人なんです!ユージさんがいるから頑張れるんです。ユージさんがいるから……ユージさんがいてくれるからわたしは……」

 この想いが何なのか。恋なのか、憧れなのか、ただの尊敬なのか、やっぱりまだ分からない。だけど一つだけ分かることがある。

「ユージさんは、わたしにとって、特別、なんです……」

 そう。うまく言えない。明確には分からない。だけど、特別なんだ。たったひとりの、特別な人。
 ついには顔を上げられなくなって、私は俯く。ぼたっぼたっと彼のスニーカーと自分のブーツの間に涙がはじけて散るのが見える。そのとき、きゅっと両手があたたかく包まれた。

「タピちゃん、ありがとう」

 ゆっくりと顔を上げると、眉を下げて、困ったように、だけど優しく笑う彼の顔がある。彼のこういう表情を今まで何度見てきただろうか。