最近は声の仕事が増えてきてバイトに入る日も少なくなってきた。それでも放送のない月曜日だけはなんとなくずっと入り続けている。もうユージさんが来ないのは分かっている。それでももしかしたら──と、そんな小さな期待を握りつぶすことが出来ずにいた。

 そんなある月曜日。常連のお姉さんと軽く会話をして手を振って見送ると「抹茶タピオカふたつください」と聞き慣れた声が聞こえた。そこには、上着のポケットに両手を入れたままのユージさんが立っていた。

「ユージさん……」
「久しぶり。元気そうだね」

 そう言って、以前会った時と同じ顔で彼は優しく微笑んだ。一瞬で、体中がどきどきと脈を打つ。会いたくて、会いたくて、やっと会えたのに。それでもまだ、こんなに苦しい。
 「頑張っているみたいだね」と彼は財布を取り出しながら言う。本当は聞きたいことがあった。わたしのラジオを聞いてくれていますか?抹茶メモさんはユージさんですか?そんなことを聞けない私は、「おかげさまで何とか頑張っています」なんて他人行儀な言葉しか口にすることが出来ない。
 本当は嬉しいのだ。会えて嬉しい、来てくれて嬉しい。だけどそれを伝えられないから、ドリンクを作るのに集中する。どうかこのカップの中に私の “嬉しい”が たくさん流れ込んで、どうかそれを飲んだユージさんにこの気持ちが伝わりますように。素直に嬉しいと言えない天邪鬼な私の心が、ユージさんに少しでも伝わりますように。

 いつもより丁寧にドリンクを作る。話せないくせに、少しでも一緒にいたくて。だけどどんなに丁寧に作ったって、あっという間にドリンクは出来上がってしまう。

「お待たせしました」

 ユージさんはまた、ひとつだけカップを受け取る。そして、もう片方の手をわたしの前に差し出した。

「これ、タピちゃんに」

 動かない私に、ユージさんは半ば押し付けるように手の中のものを渡す。

「ずっと応援してるよ」

 そんな言葉と優しい笑顔を置いて、彼は小走りに去って行った。一瞬触れた手と手に、顔は、体は、熱を持つ。触れた指先が燃えてしまうみたいに熱かった。掌をゆっくりと開いてみると、そこには小さな赤いお守り。願い事が叶うというお守りがコロンと転がっていた。

「なんだったの……」

 スタンドにひとつ残った抹茶ミルク。ストローに口をつければ、甘くてそして、ちょっとだけ苦かった。抹茶を入れすぎたかもしれない。ユージさん、大丈夫だったかな。せっかくの久しぶりの抹茶ミルクタピオカだったのに、おいしく飲むことが出来たかな。

 そんなことを考えながら小さな赤いおまもりを、もう一度ぎゅっと握った。