大きく深呼吸を3回。それからスタジオの扉を開ける。これは私のルーティンだ。
「おはようございまーす」
先に来ていたアシスタントディレクターの来栖(くるす)さんが顔を上げる。
「おはよ。なんかお前、今日声変じゃない?」
んんっと喉を鳴らしてみる。変かな?首を傾げていると、おはようとディレクターが入ってきた。
「んじゃタピちゃん、今日もよろしく」
こうして今夜も生放送が始まる。毎回緊張しながらスタートして、番組を進めていくうちに少しずつほぐれていく。やっと本調子になったかなというところで番組終わりの時間でタイムアウト。それがいつももどかしい。もっと早くスイッチが入ればいいのに。これも私の未熟ポイントのひとつだ。
放送後は、誰もいないスタジオでノートに今日の反省点を書いてから帰るのが日課だ。今日のササクレさんへの返し、あれで良かったかな。ちょっと自分の意見押し付けた感があったかも。最後の曲振りのテンション、もっと抑えるべきだったかな。自分の好きな曲だったから、ついつい熱が入ってしまった。ノートはいつもびっしり埋まる。反省ばかりの毎日だ。
今日の分の反省点を書き終えたところで息をつく。振り返れば振り返るほど自分の情けなさに嫌になる。だけどここで腐るわけにはいかない。腐るも輝くも自分次第。前にキラキラさんからもらった言葉は今でも、わたしの心の中に大切にしまってある。一息つこうと伸びをしていれば、バンと乱暴に扉が開いた。
「まだいたの?」
開かれたドアの先にいたのは、ヒロさんだ。彼は私の側までくると、ノートを取り上げて声に出して読み始めた。
「未熟ポイントノート①声がぶりっこっぽい。もっと猫かぶりじゃない声を!②返しが恩着せがましい。あと重い。もっとライトだけど深い返しを!ユージさんみたく。③音楽の知識が乏しい。ユージさんのように多ジャンルの知識を」
「わー!やめてくださいやめてください!見ないでください!」
必死に取り上げようとするものの、ノートを頭上に挙げられてしまっては届かない。ヒロさんは180センチの長身で、対するわたしは165センチしかない。ぴょんぴょんと飛び跳ねるわたしをヒロさんは楽しそうに見下ろしている。
「お前、本当にユージさんのことすきなんだな」
「ち、違いますっ!」
思わず大きな声が出て、わたしは飛び跳ねるのをやめた。
「……憧れなんです。ユージさんは、わたしの憧れなんです。あんな人になりたいし、あんなDJになりたいんです……それだけです」
そう言って、思わず俯いてしまう。それだけ、そう、それだけなのだ。
「……ゴメン。いじめすぎたな」
ヒロさんは、そんなわたしの頭にポンと手をのせると、ノートを返してくれた。それからこう続ける。
「お前はお前のままでいいんじゃない?まあこれもさ、ユージさんからの受け売りなんだけどね。お前にしか出来ないことがあると思うよ、俺も」
わたしにしか、出来ないこと──。
腹が減ったからたこ焼きでも食ってこうぜとヒロさんが言いながら扉を開けた。
「何これ」
扉を開けた外側のノブのところに、コンビニの袋がかかっていた。
「お前にじゃないの?」
「……誰からですか?」
「俺が知るかよ」
カサリと袋を覗いてみる。そこには、のど飴とあたたかい飲み物が入っている。そういえば、と頭にある人が浮かんだ。今日声変じゃない?と私に言ったあの人。気遣ってくれたのだろう。次に会った時お礼を言わないと。いつも心配してくれて、優しい言葉をかけてくれるあの人。本当にいい人で、わたしはスタッフにも恵まれている。
「ADさんからの差し入れだと思います」
あっそ、とヒロさんは興味もなさそうに言って、わたしたちはスタジオを後にした。
「おはようございまーす」
先に来ていたアシスタントディレクターの来栖(くるす)さんが顔を上げる。
「おはよ。なんかお前、今日声変じゃない?」
んんっと喉を鳴らしてみる。変かな?首を傾げていると、おはようとディレクターが入ってきた。
「んじゃタピちゃん、今日もよろしく」
こうして今夜も生放送が始まる。毎回緊張しながらスタートして、番組を進めていくうちに少しずつほぐれていく。やっと本調子になったかなというところで番組終わりの時間でタイムアウト。それがいつももどかしい。もっと早くスイッチが入ればいいのに。これも私の未熟ポイントのひとつだ。
放送後は、誰もいないスタジオでノートに今日の反省点を書いてから帰るのが日課だ。今日のササクレさんへの返し、あれで良かったかな。ちょっと自分の意見押し付けた感があったかも。最後の曲振りのテンション、もっと抑えるべきだったかな。自分の好きな曲だったから、ついつい熱が入ってしまった。ノートはいつもびっしり埋まる。反省ばかりの毎日だ。
今日の分の反省点を書き終えたところで息をつく。振り返れば振り返るほど自分の情けなさに嫌になる。だけどここで腐るわけにはいかない。腐るも輝くも自分次第。前にキラキラさんからもらった言葉は今でも、わたしの心の中に大切にしまってある。一息つこうと伸びをしていれば、バンと乱暴に扉が開いた。
「まだいたの?」
開かれたドアの先にいたのは、ヒロさんだ。彼は私の側までくると、ノートを取り上げて声に出して読み始めた。
「未熟ポイントノート①声がぶりっこっぽい。もっと猫かぶりじゃない声を!②返しが恩着せがましい。あと重い。もっとライトだけど深い返しを!ユージさんみたく。③音楽の知識が乏しい。ユージさんのように多ジャンルの知識を」
「わー!やめてくださいやめてください!見ないでください!」
必死に取り上げようとするものの、ノートを頭上に挙げられてしまっては届かない。ヒロさんは180センチの長身で、対するわたしは165センチしかない。ぴょんぴょんと飛び跳ねるわたしをヒロさんは楽しそうに見下ろしている。
「お前、本当にユージさんのことすきなんだな」
「ち、違いますっ!」
思わず大きな声が出て、わたしは飛び跳ねるのをやめた。
「……憧れなんです。ユージさんは、わたしの憧れなんです。あんな人になりたいし、あんなDJになりたいんです……それだけです」
そう言って、思わず俯いてしまう。それだけ、そう、それだけなのだ。
「……ゴメン。いじめすぎたな」
ヒロさんは、そんなわたしの頭にポンと手をのせると、ノートを返してくれた。それからこう続ける。
「お前はお前のままでいいんじゃない?まあこれもさ、ユージさんからの受け売りなんだけどね。お前にしか出来ないことがあると思うよ、俺も」
わたしにしか、出来ないこと──。
腹が減ったからたこ焼きでも食ってこうぜとヒロさんが言いながら扉を開けた。
「何これ」
扉を開けた外側のノブのところに、コンビニの袋がかかっていた。
「お前にじゃないの?」
「……誰からですか?」
「俺が知るかよ」
カサリと袋を覗いてみる。そこには、のど飴とあたたかい飲み物が入っている。そういえば、と頭にある人が浮かんだ。今日声変じゃない?と私に言ったあの人。気遣ってくれたのだろう。次に会った時お礼を言わないと。いつも心配してくれて、優しい言葉をかけてくれるあの人。本当にいい人で、わたしはスタッフにも恵まれている。
「ADさんからの差し入れだと思います」
あっそ、とヒロさんは興味もなさそうに言って、わたしたちはスタジオを後にした。