プルルプルルと機械音だけが鳴り響いて、心臓はどくんどくんと大きく脈打つ。ただ立っているのが耐えられなくて、とりあえず歩き出した。どこへ向かうとか、そんなのは分からないのだけど、とりあえず、ただ立っているなんてできなくて。

「もしもし……?」

 出た──。懐かしい、彼女の声。

「あ、突然ごめん。あの、俺、星倉です」

 受話器の向こうでハッと息をのむのが分かった。しばしの沈黙。話さなきゃ。繋げなきゃ。

「あの、覚えてるかな……カフェにいつも行っていたんだけど」
「……もちろん覚えてます。星倉さん、お元気でしたか?」

 声だけなのに、ふわりと笑う彼女の笑顔が心に咲いた。

「もしかして、チーフですか?番号……」
「あ、うん……。今日誕生日だって聞いて、それで」

 受話器の向こうはざわざわと風が揺れていた。外にいるのだろうか。

「ごめん、どこか外だった……?」

 誕生日の夜だ。やはりデートなのかもしれない。受話器を耳にあてたまま、足元の汚れたスニーカーをじっと見つめた。ぴゅうっとその脇を、黄色い落ち葉がすり抜けていく。

「……そうなんです。あの、いまから、デートなんです」

 ああ──やっぱりそうか。そうだよな。
 花束を握りしめていた左手がだらんと落ちた。帰ろう。俺ってば何をしているんだろう。こんな花束なんか買ったりして。くるりと体を反転させれば、すこし先にゆるりとしたパーカーを羽織った女の子がコンビニの袋を片手に歩いている後姿が見える。

「チーフとはうまくいってますか?星倉さんとのこと、チーフ全然教えてくれなくって」

 受話器の向こうで、ガタンガタンと音がする。それは俺がいま歩いている道の横を、通過する電車の音とそっくりだ。

「あ、今日は彼氏がレストランを予約してくれているんですよ。わたしも幸せなので、星倉さんもチーフとしあわせに過ごしてくださいね!」

 答えない俺に気付かないのか、彼女はひとり話し続ける。今日はお気に入りのワンピースを着ているだとか、プレゼントはネックレスを頼んだのだとか、嬉しそうに、幸せそうに、聞いてもいないのに話し続ける。

 ねえきみはさ──

「そんなおしゃれなレストランに、パーカーを着たまま行くの?」

 後姿だって、分かってしまう。どんな服を着ていても、分かってしまう。顔を見なくたって、分かってしまうんだよ。

 目の前に立つ後姿の女の子は、ぴたりと足を止める。カサリと手に持っていたコンビニの袋が揺れた。その後ろ姿は驚いたように肩を震わせると、ゆっくりとこちらを振り向いた。

「……星倉さん……」

 どうして嘘をついていたの?
 
 そう聞きたかったけど、そんなことよりも、俺はきみに、最初に伝えなきゃいけないことがあるよね。

「お誕生日、おめでとう。きみがすきだよ」