「……まだだめだ……」

 思わずひとりで呟いた。その言葉は、ユージさんが消えた廊下の奥へと吸い込まれていく。もう大丈夫だと思っていた。お店に彼が来なくなって、私はDJユージさんの声をスピーカー越しに聞くことしかなくなって、自分なりに心の整理はついたはずだった。恋心なんてもう消した。恋をしていい抹茶好きなあの人ではなくて、尊敬して憧れ目指したい存在のDJユージさんを選んだのはこのわたしだ。この仕事をしていれば局などで見かけることがあるだろうということも分かっていた。だからこそ、自分の中でけじめをつけたはずなのに。
 それなのに──。ラジオを通してではないあの人の声が聞こえた瞬間。ヘッドフォンをしていない、普段の姿のあのひとを見た瞬間。消したはずの気持ちがぶわりと蘇った。スタンドで見せてくれた、笑うと現れるふたつのくぼみ。優しい笑顔。不器用だけど温かい言葉たち。

「……元気そうで、よかった……」

 ぐっと上を向いて、涙をこらえた。「頑張ってね」という、柔らかな声が耳の中で蘇る。ユージさんに遭遇してしまったことへの戸惑い、自分の気持ちへの躊躇。それらと同時に、彼の言葉はわたしの心を奮い立たせる。
 ──こんな風に、立ち止まって悩んでいる暇なんかない。自分の見つけた夢に向かって、しっかりとチャンスをつかんでいかなければならないのだから。

 ふうっと大きく息を吐いて、背筋を伸ばす。 立ち止まっている、暇はない。ヒロさんにも迷惑をかけないように頑張らないと。ユージさんに聞いてもらっても恥ずかしくないよう、しっかりと、頑張らないと。