『もう家?』

 ぴろんとスマホが通知を知らせる。カフェ子からだ。キラキラさんとうまくいったかな。私はこんな形になってしまったけれど、友達の幸せは心から祝福したい。そう思った私はすぐに彼女に電話をかけた。ところが、着信を取ったカフェ子は明らかに泣いている。

「どうしたの?!」
「わたし──本当馬鹿……」

 てっきりうまく行ったと思っていたのに。カフェ子は自分の素直な気持ちを伝えられず、チーフとの仲を応援すると言ったらしい。そして自分には彼氏がいるなんて、嘘までついたと言うのだ。

「……他の人に会うためでもいいから……カフェに来てほしくて……」

 泣きじゃくりながらカフェ子は話す。その気持ちは痛いほどに分かった。どんな形だとしても、会えなくなるよりはずっといい。カフェ子はばかだ。そして、私も大ばか者だ。

「……タピ子は?」
「私は……」

 どうしたらいいか分からなかった。どうやって接したらいいか分からなかった。常連さんの星倉さんとして会話をすればいいのか、尊敬するDJのユージさんとして会話をすればいいのか。

「態度がおかしかった?」
「ううん」

 そんなんじゃない。きちんと謝ってくれて、そして優しく接してくれた。態度がおかしかったのは彼ではなく私の方だ。戸惑いが大きすぎたのだ。

「よく分かんない……」

 “星倉さん”のままでいてくれたら良かった。何も知らないまま彼と接していたら、自分の気持ちを隠しきれなくなるのも時間の問題だっただろう。実るか実らないかは分からない。だけどドキドキして楽しくて、会えるかなとそわそわしたり、彼の一挙一動に落ち込んだり期待したりして。そんな風に普通の恋ができたはずだ。もしかしたらそんな恋を、ラジオでみんなに相談していたかもしれない。「いよいよ俺たちの妹のタピちゃんにも恋の季節が!」なんてDJユージさんは言ってくれたかもしれない。だけどそれはもう起こらない。

「ドラマや漫画みたいにさ、そんな簡単にうまくいくものじゃないんだね」
「漫画ならば、好きな人と憧れの人が同じ人でした。両想いになりました!めでたしめでたし、ってなるのにね……」

 さっきまで一緒にいたユージさんの戸惑うような顔が瞼に焼き付いて離れない。困ったような、気遣うような、あの表情が。あんな顔を見て、どうして浮かれて恋だのなんだの言えるだろうか。

「どうして、出会っちゃったんだろう……」

 受話器越し、ふたりの声が重なって。私たちは声をあげてもう一度泣いた。