これは恋が叶うお守りです。そう言って、彼女はステッカーをじっと見つめた。その瞬間、ガラガラと何かが崩れていく音がした。“チーフ”というのは彼女のバイト先であるカフェのチーフの女性。たしかに綺麗で、仕事のできそうな女性だ。だけど、違うのに。俺がすきなのは──

「チーフも前に、星倉さんのことかっこいいって言ってましたよ!」

 そんな風に目の前で、笑顔で言われてしまったら、なんと答えるのが正解なのだろうか。

 きみのことがすきだよ。

 そのたった一言が、どうしても出てこない。

「あとでチーフのシフト送りますね!」

 そんなかわいい笑顔で、そんな言葉のナイフを投げないでくれよ。

「もうすぐクリスマスですもんね!わたしも彼氏とどこにデート行こうかなあ」

 ああそうか。きみには彼氏がいるんだね。
 改めて、何も知らないのだと、彼女のことを何一つ知らないのだということを実感する。どこかへ出かけようと言う誘いを承諾してくれたのも、彼女自身に他意がないからだ。純粋に、俺とそのチーフの恋を応援したいと思っているからだ。それだけなのに、何を俺は浮かれていたんだろう。

 ちょっとお手洗い行ってきますね、と言いながら彼女は立ち上がった。その時に、俺は気付かなかったんだ。彼女がそっと、財布からお金を取り出してカップの下に挟んだことを。

『すみません、急用ができたので先に失礼します。今日はありがとうございました』

 そんなメッセージが着ていたことに気が付いたのは、受信して30分ほどが過ぎてからだった。