分かった分かったと言いながら電話を切った彼は、戻って来ると頭を下げた。

「俺、そろそろ行かないといけなくて。ほんとごめん」

 行かないで。もうすこし。だってまだ、何も話せていない。

「分かりました。お仕事頑張ってください」

 心の声とは裏腹に、そんな言葉が自然と出てくる。思っていることを伝えるって、こんなに難しいことだった?
 それじゃ、と言うと、彼は背中を向けて歩いて行く。途中置かれたゴミ箱に、空のカップをころんと投げて、そのまま小さくなった背中は消えていった。

 はあー、と大きなため息が溢れる。緊張した。知らない人みたいだった。手の中のカップには、まだ半分もドリンクが残っている。氷なんかすっかり溶けて、うすい、うすい味。
 私、何をしていたんだろう。何も、出来なかった。何も、伝えられなかった。いや、何も分からなかったんだ。

 空を仰げば、いちばん星だけきらきらと輝いている。こういうとき、どうしたらいいのかな。聞いてほしい、相談したい。そんな時にはDJユージさんがいた。ミッドナイトスターがあった。
 だけど──こればかりは、メッセージとして送るわけにはいかないじゃないか。手の中のカップを、隣に置いて、ベンチの上で膝を抱えた。じわりと涙が滲んでくる。泣いたって仕方ないのに。

「知りたくなかったなあ」

 誰もいないのをいいことに、わざと大きめの声で言ってみた。知りたくなかった。彼が、彼だということを。

「知りたく、なかった……」

 現実世界で支えだったあの人が、実は遠い遠いあの人だったなんて、そんなこと。
 私は知りたくなかったんだ──。