そこから会話はもうなかった。夜の公園のベンチで、不自然なほどの距離をあけて座った私たちの間を、風がひゅうひゅうと抜けていく。
 ずっとずっと憧れていたあのひとが、いま隣にいる。会うことすら夢だったあのひとが。それと同時に、必死に想いを隠そうとしていた現実世界のあの人も、いま隣にいる。ときめきなんかじゃない、恋なんかじゃない、と必死に言い聞かせて来た相手が、いま隣にいる。──そのふたりが、同一人物だったなんて。

 頭では理解しているのに、どうしても心が追い付いてくれない。スタンドにいつも来てくれていた彼とは、冗談を言えるくらいの仲だった。彼のはにかむ笑顔とか、笑った時に出来るふたつのえくぼを見ると、胸がきゅんとなった。
 ラジオの中の彼は、いつも優しくて導いてくれる神様のようなひとだった。メッセージを通して、私はいつでも素直な心のうちを彼に伝えていた。伝えたいことはたくさんあった。聞いてほしいことも、報告したいことも、大きなことから小さいことまで、いくつもあった。
 それなのに──どうしていま、私は何一つ口にすることが出来ないのだろう。何か話さないと思うのに、何も出てこない。

 言葉を発する代わりにごくんとタピオカを飲み込んだ。と同時に、彼のスマホがぶるぶると震える。さっきからだ。さっきから、何度も何度も着信がきているのに、彼はそれを見ようともしなかった。

「……電話、でてください」

 そう言えば彼は、ああ、と今気づいたかのようにポケットからスマホを取り出し、そして耳にあてた。

『ユージさん今どこですか!?打ち合わせ抜けるなんて言って突然出て行くなんて。社長も怒ってますよ早く戻ってきてください!』

 電話の向こうの相手は相当焦っているのが、思いのほか声が大きくてこちらまで聞こえてきた。それに気が付いてか、ユージさんは立ち上がると、少し離れたところに移動して相槌を打ったり何か言ったりしていた。
 ユージさん、仕事まだ終わってなかったんだ。それなのに、私に──来るかもわからない私に、会いにきてくれたの?