「いらっしゃいませ」

 今日も仕事の休憩時間にあの店へと足を運ぶ。いつもの時間。いつもの場所。いつもの彼女はカウンターの向こうで笑う。
 もうすっかり常連となった俺は、彼女とも少しずつだけど話ができるようになっていた。みんなからのアドバイス通り、天気の話とか、ドリンクの話だとか、そういうのだ。いわゆる世間話程度というくらいか。
 相変わらず、俺の本領は彼女の前では発揮されず、ああ、とか、うんまあ、といったそっけない感じになってしまう。一体いつになったら本当の俺は出て来てくれるのだろうか。「今日もいつものでいいですか?」と彼女が微笑む。それに対して、うん、と頷けば慣れた手つきで彼女はドリンクを作り始めた。
 少し前に話して分かったのだが、彼女はいわゆる就活生という年齢だった。しかしバイトに入っている。気になってさりげなく聞いてみたら「もう決まっているんです」と彼女は笑った。どんな会社に決まったの?とか、どんな職種なの?と聞いてみたかったが、つっこみすぎると怖がられるってユージさんからも言われていたから、そこはふーんとだけ返しておいた。だけどそれはそれで、ちょっと感じが悪かっただろうか。
 彼女が早々に内定を手に入れたことは納得だった。顔立ちも整っているし、笑顔もかわいい。接客も満点だし、声だって綺麗だ。こんな子が面接に来たら、俺だって速攻で合格を出すだろう。え?色眼鏡だって?まあそこは、仕方ないと思ってよ。
 ちょっと前には、料理が趣味だということも聞いた。しかも最近作った料理はお赤飯。料理も出来るなんて、彼女は二次元から飛び出してきたのだろうか。
 才色兼備で家庭的。これはすごい子に出会ってしまった。それと同時に気が付いたのは、こんなにパーフェクトな子に彼氏がいないわけがないという事実だ。そりゃそうだ。こんな子がいたら、男が放っておくわけがないだろう。

 彼女のドリンクを作る一連の動作をただただぼうっと眺めながら、お喋りなはずの俺はひとしきり脳内でのみでしゃべりまくり、そして勝手に落ち込んだ。声には出ていなかったものの、表情にはそんな百面相が現れていたのかもしれない。彼女はそんな俺を見てくすりと笑うと、いつものようにきゅきゅっとカップにペンを走らせた。

「はい、お待たせしました!」

 カップの表面には、かわいらしい文字で俺の名前と星のマーク。そしてその隣には、子供が描いたようなにこにことした笑顔。あれ、これどこかで見たことある気がする。この、しまりのないゆるみきった顔。へたくそなにこにこ笑顔。──ああそうか、これって──

「……ユージさんだ」

 ぽろっと頭に浮かんだ単語が口から飛び出ると、彼女がエッと跳ねた声を出す。

「星倉さん、ユージさんのこと知ってるんですか!?」