「ほら、熱計って」

 どうやらそのまま眠ってしまったらしい。朝日が差し込む部屋に、お母さんが体温計を片手にやって来た。ピピッと音が鳴れば38度ちょっと。今日は面接の予定もないし、1日ゆっくり寝ることにしよう。そうやって頭をぼすんと枕に埋めると、顔の横に置いてあったスマホが震えた。

『今日何してる?面接?』

 それは親友からのメッセージ。最近ではお互いに慌ただしい毎日を送っていて、なかなか会えていない。

『熱出ちゃって。家で寝てる』
『え、大丈夫!?体調第一だからね!ゆっくり寝て』

 そのあとには画像が送られてきた。何だろうと思えば、公式HPにのっているユージさんのあの似顔絵だ。ほっこりすると同時に、昨日の “俺” 発言がリフレインしてまた熱が上がる。
 あ……これはまずいかもしれない。少し寝なきゃ。強制的に彼の声をシャットアウトすれば、すとんと意識は眠りの中へと落ちていった。

 どのくらい眠っていたのだろうか。目が覚めると少し頭がすっきりしていた。

「……お腹すいた……」

 まるでタイミングを見計らっていたように、お母さんが呼ぶ声が聞こえてくる。お腹もすいたし、何か口に入れようと思った私は、パーカーを羽織りペタペタとスリッパを引きずりながら階段を降りた。

「やっほ」

 玄関に、親友が立ってこちらに向かって手を振っている。その向かいには、お母さんがにこにこしながらこちらを見上げていた。

「え?なんで?」

 目を丸くしていると、彼女は両手に抱えていたお重の蓋をぱかっと開けて見せる。

「昨日、大事な一大決心を読んでもらったのに、熱でお赤飯炊けなかったでしょ?」

 現れたのは、つやつやと輝くきれいなお赤飯。

「……昨日の放送、聞いてたの?」

 当たり前でしょ、と彼女は首をすくめてみせる。じわじわと目頭が熱くなる。なんだか私、最近泣いてばかりいる。

「あれだけ話聞いてれば気にもなるわ。タピちゃんって、あんたのことでしょ?なんか、ラジオっていいなって感動しちゃった。他のリスナーさんたちも素敵な人たちだったし、ユージさん、確かにすっごい素敵だった」

 笑いながら彼女はお重を押し付ける。少し上がって行ってと声をかければ、バイトを理由に断られてしまい、彼女は早々に引き揚げていった。きっと、気を遣ってくれたのだろう。こういうところ、彼女は本当に大人なのだ。