「──タピちゃん」

 今日はすごく、楽しかった。最初は緊張してガチガチで、うまくしゃべることも出来なかった。それなのに、気付けば軽口を叩けるようになっていて、ユージさんと顔を見合わせて笑えるようになっていて、心から一緒の時間を楽しむことが出来た。幸せで、楽しくて、ずっとずっと今日が終わらなければいいのになんて。そんなことを考えてしまうくらい、本当に楽しかったのに。
 顔を上げないといけない。最後なんだから、ちゃんと顔を見たい。前のようにへたくそな笑顔じゃなくて、ちゃんとした笑顔で見送りたいのに。

「今日はありがとう」

 ユージさんの声が揺れる。

「タピちゃんと一緒に過ごせて、すごく楽しかった」

 そんなの、お礼を言うのはわたしの方だ。今日だけじゃない、いつも、ずっと、ユージさんに救われてきた。ユージさんの存在に、支えられて生きてきた。

「タピちゃんがいてくれるから、俺は頑張ることができるんだよ」

 その言葉に顔を上げてしまう。やっと顔を見せてくれたね、とユージさんは眉を下げる。最後なんだから顔を見せてよ、と。ちゃんと言わなきゃ。伝えなきゃ。それなのに、言葉じゃなくて涙が溢れる。

「泣かないで」

 ユージさんが温かな声で言う。泣きたくない。泣きたくなんてない。だけどやっぱり悲しくて、寂しくて、切なくて。きっと私はこれからも、ユージさんが恋しくてたくさん泣いてしまうだろう。

「……ユージさん」

 震える声をしぼりだす。うん、とユージさんは頷く。

「寂しいです」

 うん、と彼はまた頷く。

「もっと一緒にいたいです……。ユージさんに会いたくて、会いたくて会いたくて、恋しくてたまらなくなると思います」

 一度素直な気持ちが溢れれば、あとは簡単だった。ぽろぽろとその言葉たちはビー玉が転がり落ちるようにこぼれていく。

「わたし、DJユージさんのことも、そうじゃないユージさんのことも」

 ──だいすきなんです。

 その言葉が最後まで紡がれることはなかった。なぜなら、私はユージさんの腕の中に包まれていたからだ。目の前がチカチカと瞬く。何が起きているのか、わからない。

「俺と一緒に来る──?」

 その瞬間、たしかに時間は止まった。神様は多分いて、この一瞬、ほんの一瞬だけれど、私たちのために時計の針が進むのを、たしかに止めてくれたのだ。
 止まっていたのは、一秒だったのかそれとも一分だったのか。名残惜しげに離れていく体温に、喧騒やアナウンスの音が息を吹き返す。
なんてね、ごめんね困らせてとユージさんは弱く笑った。それから愛おしげに私のコートの襟を正した。

“だいすきです”

 伝えたいその言葉。一番に伝えなきゃいけないその言葉。だけどそれは行き先を失った紙ひこうきのようにひらひらとどこかへ舞って落ちていく。

「しっかり頑張ってくるからさ、タピちゃんも頑張ってね。俺も、一流のパーソナリティになって帰ってくるから」

 だから──、と落ちてしまいそうだった言葉の紙ひこうきをすくい上げるかのようにユージさんは頭を下げ、私の耳元に口を寄せる。

 だから──

「俺のことを、待っていてくれないかな」

 ぶわりと思いが溢れ出る。それは熱となり、想いとなり、涙となり、呼吸となり、心から溢れて止まらない。

「次は私が、会いに行きます」

 そうやってユージさんを見つめれば、彼は少し目を見開いて、それから嬉しそうに、くしゃりと笑った。

 行ってらっしゃいユージさん。
 わたしもちゃんと頑張るから。
 ユージさんに追いつけるように、自分の足で進んでいくから。
 たとえ海を挟んでいても、一緒に歩んでいけるように。
 そんなわたしになれるように、精一杯やっていくから。

 さようならなんかじゃない。お別れなんかじゃない。
 わたしたちはいつだって、電波でずっと、繋がっている。

 行ってらっしゃい、世界で一番だいすきなひと。