つい先ほど列に並んだばかりの若い男性。別に話に夢中になって手元がおろそかになっていたわけでもない。そんなに急かさなくてもいいでしょうに。そう冷静に思いつつも、そんなことはもちろん言わない。「申し訳ありません、ただいまお伺いいたしますので」と、へらりとした笑顔で謝罪した。
 イライラとした空気ってすごく嫌な感じ。いとも簡単にその場の雰囲気をひんやりとさせていく。出来上がったドリンクをお姉さんに手渡すと、彼女は目配せをして帰って行った。

「お待たせしました!何になさいますか?」

 前へとやって来た男性に精一杯の営業スマイル。嫌な空気なんて吹き飛ばしてやる。こんな風に威圧的に物事を支配しようとする人は、そのうちマンホールにでもはまってしまえばいい。男性は私の言葉に顔もあげず、むすっとした表情で口を開いた。

「抹茶ミルクタピオカひとつ」
「かしこまりました!」

 ──あ。声がいい。

 先ほどは投げられた言葉にカチンときてしまい気付かなかったけれど、少し低くてまろやかな声色だ。ちらりと正面に立つそのひとの姿を見る。黒いキャップを深くかぶっていて、顔はよく見えない。一体どんな人なのだろうとほんの少しの興味がわき、いつものようにドリンクを作りながら私は口を開いた。これも仕事の一環だ。

「お仕事終わりですか?」
「……」
「抹茶味がお好きなんですか?」
「……」
「タピオカって美味しいですよね」
「……あのさ」

 最後まで無視を決め込まれるかと思いきや、やっと返ってきた返答にほっとして顔を上げる。

「はいっ!」
「俺、時間ないんだけど。喋るのが仕事なの?」

 ピキッと場を凍らすような冷たい声。いい声だ、なんて一瞬でも思った自分を呪いたくなる。これは、決して好意的な言葉ではない。喋るのが上手だから適職だね、なんていう褒め言葉なんかでもない。

「……630円です」

 ぴったりと蓋を貼ったカップをカウンターの上に置けば、そのひとはぴったり630円のコインと引き換えにドリンクを手にして去っていった。

「社会って、そんな甘くないよ」

 ──という捨て台詞を残したまま。