「まだ帰りたくなかった?」

 何も相談せずに連れ出してごめんね、とユージさんは足を止めて振り返る。以前と変わらないユージさん。すこしだけ痩せたかもしれない。

「いえ、大丈夫です」

 ああ、どうしてこんな状況になっても、私の口はうまく機能してくれないのだろうか。彼が待ってくれているのだと気付き、私はそっと隣に並ぶ。そうしてふたりで小さな歩幅を揃えて歩いた。
 始発の時間とは言っても、冬が近づいてきたこの時期の早朝はまだ薄暗い。薄く透ける月がひっそりと浮かんでいる。こっそりと見上げれば、ユージさんの吐き出す白い息が見えて、心臓がどきんと鳴った。幻じゃない。夢じゃない。ユージさんがここにいる。

 今日は何時の便なんですか?
 それまで何をするんですか?
 次はいつ帰ってきますか?
 連絡先を教えてくれませんか?

 どの言葉を先に伝えれば良いのだろう。そうやって悩んでいる間にも、駅は近づいてくる。このままなんて、絶対に嫌。このままさよならなんて、絶対にしたくない。駅なんて、なくなればいい。このまま時間なんて、止まればいい。その思いから、足がぴたりと止まってしまった時だった。

「ねえタピちゃん」

 ユージさんがわたしの名前を呼んで立ち止まる。薄暗いのに、駅の向こうからオレンジ色の小さな光が差し込み始め、ユージさんの表情に影を作る。

「タピちゃんの今日一日を、俺にくれないかな」

 ユージさんの背中から溢れるオレンジの光は眩しくて、思わず目を細めてしまう。

 ねえユージさん
 いまどんな、顔をしてるの──?