来栖さん、と声をかけられたのは入り口を出たすぐの喫煙スペースだった。この店は禁煙な訳ではない。実際にプロデューサー含め何人かは店内で飲みながら煙草をふかしていたけれど、俺は外に出て一服している。中には喫煙者であるパーソナリティもいたし、真面目野郎とプロデューサーなんかには揶揄されるけれど、それは俺なりのけじめだった。パーソナリティの売り物は、声であり、喉だ。自分の吐き出す煙で彼らの喉に支障をきたすわけにはいかないと、常日頃それは思っている。
 四角く長細いアルミで出来た灰皿にぽとりと3センチほど伸びた灰を落とした時、その人は俺の前に現れた。

「寒いですね、外」

 それじゃあ中に入ればいいじゃないですか、なんて言うのは簡単だけど何も言わなかった。この人は煙草を吸いに来たわけではない。

「ありがとうございました、ゲストに呼んでくれて」

 その人──DJユージはそう言って、寒さで赤くなった鼻先をこする。

「お礼を言うのはこっちの方です。無理を言ってすみません。アメリカから来てくださってありがとうございます。タピ子もすごく喜んでいました」

 そうですかね、と彼は力なく笑った。才能があって、実力もあって、実績も人気もある。それなのに、どこか自信なさげな彼の横顔は俺の想像していた人物像とは大きくかけ離れていた。
 どうして、と彼は言った。どうして、僕に声をかけてくれたんですか?と。その時、彼の視線が初めてこちらに向けられたのが分かって、まだ残っていた先が赤く燃ゆる煙草の先を、鈍く光る銀へと押し消した。

「もちろん、番組のためです」

 そうだ。この番組は、新生ミッドナイトスター。リスナーだって元祖担当パーソナリティがゲスト出演したら大喜びするに違いなかったし、番組としても大きな話題作りとなる。この番組の担当ディレクターとしてDJユージをゲストに迎えることはとても大きな意味がある。それは、嘘じゃない。

──だけど本当は
──一番の理由は

「彼女は、素敵なパートナーに恵まれましたね」

 悔しがるでもなく、複雑そうにでもなく、本当に幸せそうに彼は笑った。そのときに思ったのだ。

 ああそうか。
 この人だから
 彼だからこそ
 
タピ子はずっと、追いかけ続けることが出来たのだと。

「最高のビジネスパートナーでありたいと思っています。この先もずっと」

 心の靄は、この夜空のように晴れていく。星が綺麗ですねと、空を見ながら彼は言った。

 はやくタピ子がここに来るようにと、心から思った。ふたりが少しでも長く時間を共にできるようにと、ふたりの想いが重なるようにと、夜空の星に願いをかける。

 いつだったか、プロデューサーに言われた言葉が、なぜかふと頭に浮かんで、苦笑いを噛み潰す。

『お前の持つ才能は、愛するって才能かもな』