「ちょっと待てってば!ユージいるんだって!?」
高い声がスタジオ内に響き渡り、それまでの談笑がぴたりと止まる。なだれ込むようにスタジオへ入ってきた人物はユージさんを見つけるとガバリと彼に抱きついた。
「なんで俺に教えてくれなかったの?ていうか俺何度もゲスト出演のオファー出したのに出てくれなかったじゃん!それなのになんでこの新しい番組には出たんだよ~!」
落ち着け落ち着け、と周りの人たちが倒れそうになるユージさんからその人を引きはがす様子をあっけにとられる思いで見ていた。
この人知ってる。ハンサムアワーという番組を担当しているDJピータンさんだ。ハンサムアワーという番組は、ラジオ番組の中でもなかなか異質な番組で、視覚に焦点をあてているラジオ番組だ。耳で聞くラジオの中なのに、トピックは盛れる写真の撮り方やファッションなど、ビジュアル面に主にフォーカスをあてている。番組タイトルに代表されるように、DJピータンさんはモデル出身で、とてもハンサムなひとだった。そして少し中世的で不思議な雰囲気を持つ人だった。直接話したことは、今までにない。
「あ、きみDJタピー?俺、ピータン。ちょっと似てるね、名前。今度一緒に特番やる?ピータンタピーのタピタッピーみたいな」
私に気付いたピータンさんがそんなことを言うから、わたしも慌てて挨拶をする。その様子を、みんなはおもしろそうに眺めていた。時間はもう深夜をまわっている。まだアドレナリンが出ているようで、疲れなんかは全く感じられなかった。
「ユージ、いつ戻るんだ?」
そんなプロデューサーの声に、嫌でも耳は大きくなってしまう。そうだ、ユージさんは決してここに帰ってきたわけではない。一時帰国をしただけで、またアメリカに戻ってしまうのだということに気付いて、途端に胸の奥に暗雲がたちこめる。
「明日の夜の便で」
たった一日。日付が変わってしまった今日、ユージさんはまた遠くへ行ってしまう。話したいことはたくさんあった。伝えたいことも、聞きたいことも、たくさんある。それなのに、私はユージさんの前では何も出来ない、道端に転がる石ころのようになってしまう。
「じゃあとりあえず、みんなで飲みにでも行くか!」
プロデューサーの声に、集まって来ていたみんなはおおーと楽しそうに同調する。その様子を見ていればかちりとユージさんと視線があって、慌ててその視線をほどいた。ドキドキと心臓は苦しくなるばかり。会っていなくても、あれから時間は流れても、私の気持ちは何一つ変わってなんかいなくって、整理すらついていなかったのだと気付かされる。
タピ子も行くだろ?とかけられた声に、ちょっとやることが終わってから向かいますと伝えれば、わらわらとみんなはスタジオを後にしていく。
「タピちゃん、待ってるね」
ユージさんはそう言って、一番最後にスタジオの扉をくぐっていった。
数時間ぶりに舞い戻ってきた静寂に、背中に乗っていた重石がどさりと落ちたような気がして、わたしはデスクにつっぷした。はあと大きく息を吐き出す。
初めての冠番組。第1回目の生放送。そして、ユージさんとの共演。色々なことが一度に起きたことをやっと頭が受け入れて、そうすれば今さらのように心臓はどくどくと大きく震える。ユージさんがいた。わたしの目の前に、声の触れる距離に、ユージさんがいた。改めてその事実に気が付いて、大きな涙が溢れだした。
話したいことがたくさんある。
聞いてほしいことがたくさんある。
──伝えたいことが、たくさんある。