「さあ奈月、パパのお膝においで」

「やだー」

お茶を飲み終わった奈月を引き取ろうと手を伸ばしたが、思い切り拒否られ真帆さんの上に居座ったままだ。

「いいですよ、先生。奈月ちゃんが落ち着くまでここにいます」

「すみません。あ、真帆さんはどうしてここに?」

「私、今この病院で働いているんです。ちょうど仕事が終わって帰るところだったんですよ」

「そうだったんですか。じゃあ看護師になって夢を叶えたんですね」

真帆さんは看護学校に進学したのだ。
奈月が産まれるときも看護学生として実習をしていた。そのまま夢を叶えたんだなぁ。
一人感心していると、真帆さんは小さく首を横に振った。

「看護師ではなくて、実は助産師になったんです」

「え、助産師?」

「はい、“あの時”命が産まれることの神秘さを体験して、助産師の道に進みました」

「あ、ああ、そうだったんだ」

“あの時”とは、奈月が産まれるときのことを言っているのだろうか。俺は言葉に困り当たり障りのない返事をする。

「……同時に、失恋もしましたけどね」

俺の方を見ていたずらっぽく笑う真帆さんはもう学生なんかじゃなくて、一人の立派な女性へと成長していた。