分娩室に入ってきた旦那さんは、梶先生だったのだ。

先生、結婚したんだ……。
赤ちゃん、生まれるんだ……。

どうしようもない気持ちがぐるぐると体中を駆け巡る。

私は先生のことが好きで、振り向かせたくて、先生に見合う大人になりたくて頑張って……。

こんな形で失恋なんて、嘘でしょ?

やがて赤ちゃんの泣き声と、「おめでとうございます」という声が耳に届いた。学生たちが口々にお祝いを言う中、私も形式的にお祝いの言葉を述べた。

「学生さん、手伝ってくれてありがとう」

梶先生の奥さんは私に柔らかく微笑んだ。

「……こちらこそ、貴重な体験をさせていただきありがとうございました」

梶先生に失恋した悲しみ。
命が産まれるという喜び。

ごちゃ混ぜな気持ちは涙となって溢れた。

「真帆さん」

梶先生が私を呼ぶ。久しぶりに聞いた先生の優しい声。振り向けば柔らかな笑顔。
ああ、やっぱり好きだなと思ってしまう。

「ありがとう」

「おめでとうございます」

ペコリとお辞儀をしてその場を去った。
精一杯、大人を演じてみせた。

梶先生、私も立派になったでしょう?
頑張ってるでしょう?
先生の隣には私がいたかった。
悔しい。
悲しい。

でも……。
奥さん、綺麗で優しそうな人だった。

私はしばらく涙が止まらなかった。

「そんなに感動した?」

「……そうですね、生まれてくるってすごいと思いました。すみません」

「いいのよ、そういう気持ちは大切よ」

なかなか泣き止まない私に、看護師の先生は感心したように頷き背中を擦ってくれた。

ごめんなさい、本当は失恋したことに泣いているんです。
もう少しだけ泣かせてください。