あれはいったいなんだったのか。
 一日拓海を見張ったものの、拓海のことを理解するどころか増々わからなくなった。
 拓海がスタートの運営会社に興味を持っていることは拓海自身の口から聞いていた。スタートのことだけじゃなくて、鈴のことや学校のことも割となんでも話してくれていた。隠し事をしても無駄だと、割り切って振る舞っていた。それなのになぜ今になって自分を避けるのか。なぜなにも相談してくれないのか。
 西松は少し裏切られたような気持ちになりながら、濡れた髪をタオルで拭いた。
 外では雨が激しく降っている。こんな日でも秋山は外を見まわっているのだろう。今日は子供の相手をしたくないと思っていると、突然事務所の電話が鳴り出した。西松は拓海か鈴からの電話かと思って慌てて受話器を取った。

「はい。西松探偵事務所です」

『こんばんは。秋山です。これから少年を向かわせてよろしいでしょうか?』
相手が秋山だとわかって西松は思わずため息をはいた。おそらく秋山にも聞こえていたはずだけれど、秋山は気にせずに用件を口にした。

「大丈夫です。何歳ですか?」

『なにも話してくれませんが、おそらく中学生だと思われます。いつものようによろしくお願いします』

「わかりました。あの、いきなりで申し訳ないのですが、ちょっと相談したいことがあるんです。仕事が終わった後にお時間をいただけませんか?」

 秋山はいつも用件だけ伝えて電話を切る。西松にはそれがわかっていたから、切られる前に急いで秋山にたずねた。

『……相談とは、子供が関係していますか?』

「うちで雇っているアルバイト、町村拓海のことです」

『やはりなにか問題が生じたのですね』

 電話越しに、秋山が呆れているのがわかる。まるでこうなることがわかっていたかのような口振りだった。

「拓海が、この一週間アルバイトを休んで、学校も休んでいるようなんです。本人は風邪を引いたと言っていたけれど、それは嘘でした」

『なるほど。相談に乗ったところで、私が役に立つとは思えませんが』

「どうしても第三者の意見が聞きたいんです」

『そう言って、実は私の思考を探るつもりなのではないですか?』

「まさか。これまで何度も言ったとおり、電話越しに相手の思考が伝わることはありません。そばに寄らないと俺の力は使えないんです。だからここからでは、どう頑張ってもあなたの思考を探ることはできません」

 そもそも西松はそれほど秋山に興味がない。秋山が思っている以上に、秋山の情報は西松にとって重要じゃなかった。だからその思考をしつこく探るつもりはないのだけれど、秋山は無駄に警戒をしていた。

『……まぁ、そうでしょうね。もしも電話越しに相手の思考が覗けるのならば、子供たちをわざわざあなたの事務所に連れて行く必要はないはずですから』

「わかっていても、怖いですか?」

『怖いと答えるのは屈辱ですよ。だけど確かに怖いです。拓海君もあなたが怖くなったんじゃないですかね。そもそもあの子はあなたの能力のことを知っていたのですか?』

「ええ。知っていました。知っていて、ここで働きたいと言い出した。思考を読まれるのもしかたないと、割り切っていました」

『だけど今はおかしくなっている。きっと今までは上手く偽っていただけです』

「俺に嘘は通用しません。嘘をついていたとしたら、すぐに気づけたはずです」

『子供は嘘が上手いですよ。不安から逃げるために、自分自身に嘘をつくんです』

 秋山の言葉に、西松はドキリとした。
 拓海が拓海自身に嘘をつけていたとしたら、西松が覗いていた思考のほとんども嘘である可能性があった。そうするとこれまで抱いていた拓海の像も崩れてしまう。
 人の思考は度々変わり、その時考えたことが必ずしも本心ではないとはわかっている。それでも聞こえたそれに頼ってきた。他人の思考を覗くことに慣れている西松が今更すべて嘘だと考えるのは難しい。
 特に拓海については、嘘だったなどと思いたくなかった。