ひとまず自分の私室に天音を伴わせて彼女を引き上げさせると、氷凪は今度は無月を睨み上げた。しかし一向に介さない様子で、無月は平然としている。

「何を怒ってる? お前がしっかり仕事をすれば良いだけの話だろう。少しは咲乃殿の気持ちも察して、今夜ぐらいはきちんと話をしておけ」

 傍から見ていると、どちらが主君なのかと突っ込みたくなるが、遊佐も支癸も氷凪の年若さをあげつらったりはしない。
 年嵩の者はやはり気を揉むが、判っている者は誰も氷凪の器を見極めているのだ。

 無月と二、三のやり取りのすえ、氷凪は遊佐に向く。

「・・・構わねぇのか、本当に」

 それが天音のことだと気付き、遊佐は諸手を挙げて口角を上げて見せた。

「いーんだよ、天音がそうしたいってさ。咲乃ちゃんを一人にできるワケもないしね。天音は、あれはオレが仕込んだんだ。いっぱしの夜見なんだから、若ダンナが気にすることじゃない」

 シニカルな笑いを滲ませ、隣に立つ支癸の背なを一つ叩く。
 支癸は少しクセのある長めの髪をくしゃりと掻き上げると、溜息交じりに氷凪に目を合わせて言った。

「・・・俺の望みは、あいつの願いを叶えることなんだよ。俺にしてやれることはそれぐらいだからな。・・・咲乃が残った理由、解ってんだろ?」

「・・・ああ」

「なら、きっちり受け止めてやってくれ」

 支癸は物言いたげに、しかし何も言わずそのまま背を向けて広間を後にした。