「城詰めの身内がほとんどだ。残ると言って利かない頑固者が多いらしくてね、支癸あたりは大変だろう」

 苦笑する無月を、氷凪は他人事か?とでも言いたげに見やった。


 無月の妻、遠子(とおこ)も聞き分けの良い従順な気質に思えるが、実は一本芯が通っている性格の持ち主だった。

『戦になるのですか・・・?』

 夜遅くに邸宅に戻った夫から告げられた衝撃の事実。
 遠子は思わず差し出した湯飲みを取り落としそうになった。

『里の者は明日の早朝に、西宝寺へ発つ。一時的に避難出来るよう段取りはしてある。遠子は夕(ゆう)と家人を連れて、第二陣で向かってくれ。支癸の妹姫も一緒だ』

 無月は止まってしまった遠子の手から湯飲みを受け散り、世間話でもしているかのごとく淡々と言った。

『正午前には発つことになる。・・・荷は最小限にな』

『そ』

 出しかけた自分の声の大きさにハッとすると、遠子は着物の裾を払って居住まいを正し、真っ直ぐに無月を見返す。

『貴方は当然、残って迎え討つのでしょうね』

『それが私の役目だ』

『ならば、当然わたくしも残って宜しいのでしょう?』

『・・・遠子』

 宥めるように無月の表情が少し和らいだ。

『夕はどうする?まだ7つになったばかりだぞ。母の言葉とは思えんな』

『母である前に妻ですもの。夫と運命を共にするのが妻の役目です』

 頑として聞き入れない遠子を、無月はぐっと自分に引き寄せ抱きしめた。 

『おまえ・・・俺が死ぬと思ってるんだろう』

 遠子が微かに躰を震わせる。

『遠子に後を追わせるような真似を俺がするとでも? 言っておくが、俺は共白髪が生えるまでお前一人と添い遂げるつもりだから、信じて待っていなさい』

『・・・・・・』

 そのまま遠子は泣いているようだった。

『必ず迎えに行く。それまで夕を頼む・・・』

 絹糸のような指通りの美しい髪を撫でてやりながら、頭に口づけを幾度も落とす。

 やっと顔を上げた遠子は『いつもそうやって、ずるい・・・』と、涙を堪えた瞳で力無く無月を責めた。

『・・・すまんな』

 淡く笑み、今度は彼女の唇に口づける。
 夜明けまで僅かの時を、二人はただ温もりを確かめ合った。
 再会の約束だけを互いの胸に抱いて。