言って煙のごとく姿を消した少女は、やはり妖しだったのだろうか。いぶかりながらも祠に戻った無月達が、石の祭壇に再び氷凪を横たえさせた刹那、霞星が気配もなく唐突に現れた。

「氷凪がこうして永らえておるのは、ひとえに千鳳院の血じゃ。不老のな」

「・・・なんかもう驚く気も起きねぇな」

支癸の呟きに遊佐が黙って相槌を打つ。不思議と恐怖も拒絶もない。本能が告げるのだ、彼女の言葉が偽りでないと。ただ『不老』の意味を捉えかね、三人は互いの顔を見合わせる。

「文字通り老いぬ。・・・いまだ千年、死にもせぬな」

千年という長さが誰も想像できない。だが夢物語とも思わなかった。

「希有な髪色と目がその証し。・・・もともと氷凪は血の半分が眠っていたようじゃが、生命の危機に覚醒したのであろう」

「・・・なら若ダンナは・・・」

低く遊佐が呟く。

「目覚めれば我と同じく不老の身じゃ」

淡々と霞星は応えた。

「俺を不老にすることは?」

ややあって無月が静かに問う。

「先代も先々代も普通の人間だが、氷凪は先祖返りのようだな。・・・それなら俺は血が近い、不可能じゃないだろう」

「出来ぬ話ではない。・・・じゃが代償は小さくないぞ。人の摂理から外れて生きねばならぬ」

幼い霞星の眼差しがすっと細まった。

「老いぬ代わりに我らは人の生気を喰らう。氷凪にそなたらの生気を与えればすぐに目覚めよう。・・・じゃが、こやつが同胞を望むとは思えぬな」

「関係ない。人だろうとなかろうと、氷凪が嫌がろうが無理矢理でも一緒に背負うのが私の役目だ」

薄い笑みを引き一歩も譲る気配のない無月を、空色の眸がじっと見上げる。
 
「・・・したが恨み言は聴かぬぞ?」

全ては時のさだめ。遷ろうままに、流れるままに。千鳳院の行く末を見届けるも、また運命(さだめ)

霞星は一瞬瞑目し、訪れるだろう新たな未来の息吹をそっと心の奥で包み込んだ。ほんの少し柔らかい気持ちがしたのは気のせいだったろうか。この世界に独りきりでないという明日からを思うと。

口許を微かに緩ませ、今度は残りの二人に視線を傾げた。

「支癸に遊佐、そなたらは何とする?」

「どーする?」

「・・・訊くな・・・」

頭を抱える支癸と、どこか飄々としている遊佐を前に、だが霞星には答えが見えているようだった。

彼女の中にひとひらの想いが過ぎった。何故か、彼等に与えたのでなく与えられた気がする。

それは、時の傍観者に徹しきれなかった〝人間らしさ〟故のことだったが、そう振り返るのは遥か先のことだった・・・・・・。