城中も城外もこれまでにない緊張感、あるいは焦燥感に包み込まれていた。戦の準備と領民の避難。同時進行で慌ただしく、あちらこちららから怒号に近い声が上がっていた。

「嵯峨野が第一陣を率いて出立した。・・・挨拶は自分が戻った時にあらためるそうだよ。甲斐(かい)行里(ゆきさと)を連れていったし、心配ないだろう」

まだ夜も明けきらない薄闇の朝。とうに広間に待機していた氷凪に無月がそう報告をした。

戦になると聞いて真っ青になった領民らは、もはや嵯峨野の言葉を信じる以外なかった。落ち着いた穏やかな笑み。その眼差しに宿った力強さは普段の彼からは想像できなかった。

『必ず皆を無事に西宝寺に送り届ける』

最低限の荷造りで支度をし、赤子を背負い、老いた親の手を引きながら歩ける者は歩く。先頭を甲斐、中ほどは行里、しんがりを嵯峨野が努め一行は山の中を進む。誰もその先の運命など知る由もなく。

神仏を信仰している訳ではないが氷凪は瞑目し、皆の無事を願う。

「・・・残っている者は?」