こうして人けもない山中に佇んでいると、どことなく厳かな心持ちがする。空気もキンと冴え、一年の始まりに洗礼を受けているかのような。

 見る見る前方の峰が黄金色に縁取られてゆき、空がゆっくりと染め変えられた。目映い光がさあっと広がり、今年最初の夜が明けたのだ。

 遊佐と支癸は柏手を打ち、無月は氷凪を抱く腕に力を込めて、それぞれ瞑目する。
 願い。
 祈り。
 誓い。

 一寸先は闇だ。先の戦いでそれを嫌というほど思い知った。この暗黒の時代に、生温く安寧など望めまい。民や家族、大切な者達が決して生きる望みを絶やさぬよう。切に。

 そして氷凪の目覚めを求めた。生きているのだからこうして。それすら奇跡なのだから。あと少し、叶うはずだきっと。
 
「・・・頼む。目を醒ましてくれ、氷凪・・・!」

 無月は思わずそう口にしていた。

「お前がこんなところで終わる筈がない」

「そーだよ。根性見せな、若ダンナ。生きたいから、生きてんだろ?」

 遊佐が真面目な顔付きで氷凪を見やり、支癸も頷く。

「らしくねぇんだよ。・・・ったく」

「したが、そなたらの命を引き換えに貰い受けるが良いか」

『・・・!?』

 鈴の音を響かせたような声に、三人は驚いて一度に後ろを振り返った。

 そこには無月が夢で見た巫女姿の少女が、忽然と立っていた。
 銀色の髪。夏空のような蒼い瞳。平安絵巻の中から出て来たかのような雅やかな空気を纏う。
 人形のような端正な面差しは、どことなく氷凪に似ていると無月は思った。
 すると少女は、ほんの少し視線を傾げて言った。

「だろうの。我の名は千鳳院霞星(せんほういん・かせい)。そなたらの祖じゃ」