まだ夜も明けきらぬ早朝。遊佐と支癸は松明を片手に覚羅山の洞へと向かっていた。

 深深とした夜気に吐く息が白く濁る。さすがにこの時期になると普段通りの恰好では辛く、二人とも狸の毛皮からこしらえた半纏を着込んでいた。腰には徳利を下げ、見ようによってはどこぞのマタギかと思う。

 遥か東の空が闇色を少しずつ薄めてきた気がして、二人は慎重に、歩を緩めず足許しか見えない岩場を昇ってゆく。

『初日の出は若ダンナんトコで見るってコトで』

 遊佐からのそれは、決定事項として支癸に伝えられた。
 冬山になり咲乃はしばらく洞には足を運んでいない。様子を聞かせたら喜ぶだろうと、素直に誘いに乗った。
 無月を誘わなかった理由は、妻帯者は家庭サービス優先ということらしかった。


 途中、危うく足を踏み外しかけたりもしながら、どうにか洞に辿り着くとすでに先客がいた。

「なんだ、やっぱりお前達も来たんだな」

 足音に振り返り、マタギ姿の無月が小さく笑った。

「家族サービスの邪魔しちゃワルイと思って、わざと誘わなかったのに」

「遠子にはきちんと言って出て来たさ」

 肩を竦める遊佐に、そう言って無月は笑った。

 陽が昇るまでにはまだ数刻ある。
 持って来た酒をまずは神棚に捧げ、柏手を打ってから三人は静かに杯を酌み交わした。

 松明が三本灯った洞内はいつもより数倍明るく、横たわる氷凪を鮮明に浮かび上がらせていた。
 しばらく陽の光に触れていない所為か、肌が透き通るように白くなった気がする。だがやせ衰えた訳でもなく、髪といい、色を除けばあの日のままの姿だ。夏目に突かれた傷口もすっかり塞がり、痛々しい跡だけを残しているのだった。

 ここが聖域だからなのか、氷凪は確かに治癒している。つまりは自己再生しているのだ。今はそれだけが希望だ。生きているという事実こそが。

「そろそろ御来光か」

 支癸が入り口の方に目を遣り、杯の中身をクイっと飲み干した。

「んじゃあ、若ダンナも一緒に。・・・いいだろ無月」

「そうだな・・・」

 遊佐が向けた目線に無月は少しの間を空け、頷いた。
 支癸の申し出を断り、ゆっくりと氷凪を抱える。摂食していない肉体は嘘のように重みが感じられず、強く抱きすくめれば壊れてしまいそうで無月は、ぐっと涙を呑んだ。