西の谷には清水が湧き出る源流があった。里の水路はここから水を引き、民や作物を潤している。日照りが続いても石動の水源が尽きたことは一度もなく、ゆえに民もここに根付いているのだ。

大地を育み、命の起源となるこの場所に死者を眠らせたのもまた、先人達の想いだったのだろう。

生と死。不変の摂理。死を刻むことで生に感謝する。与えられた恵みに不敬を抱かぬよう、なおざりにせぬよう。不逞な行いは死者の怒りを呼び起こすのだと怖れさせて。

教え継がれて来たとおり、魂の安らかな眠りを願い、昔から供養の風習もない。積まれた石が苔生そうとも、崩れ倒れても在るがままに。

あちらこちらにそれとなく墓標の跡が点在し、遊佐が立つ足許には新しく盛り固められた小塚が大小合わせ7つあった。

「・・・生馬、蒼司、由野、仁、各務。ここに来るのもこれが最後だ。いつかオレも逝くんだろうからさ、・・・そん時は美味い酒でも持ってくわ」

儚げに笑い、遊佐は比較的大きな5つの小塚に向かってそう語りかけた。そして瞑目したあと、少し離れて小さく盛られた二つの小山の前に立つ。

時折、野鳥の甲高い鳴き声が遠く響くだけの静寂。花枯れの森に寂寥が漂う。

久住と夏目が葬られた土肌を遊佐はじっと見つめていた。背徳者である彼等を西の谷に、と言い出したのは遊佐だった。支癸は当然のことながら、無月もこれには反対した。

ふざけるのにも程がある、と支癸は烈火のごとく激昂し、その勢いで遊佐は殴り飛ばされた。

『・・・だからだよ。テメーが捨てた場所に死んでも繋がれてりゃいいさ・・・!オレ達を惨めに土の下から拝ませてやる。・・・当然だろ』 

凍てついた眸でゾッとする殺気を放つ遊佐を間近に、無月は最終的な決定権は氷凪にある、とそれまで西の谷に仮埋葬することを許可したのだった。
 
「・・・ねぇさんも、なんでこんな男にホレたかなぁ」
 
右側の小山の下に夏目が眠る。嵯峨野から聴いた彼女の最期。罪を知りながらも久住に殉じた、少なくとも嵯峨野にはそう見えた・・・と。

天音のことも可愛がってくれていた。家族のように愛していた。遊佐にも気付かせないほど迷いなく久住を選んだ。いや。彼女が選んだのは過ちを犯す自分への罰。きっと最初から死ぬ気だった。そう思いたかった。

「オレなら絶対、止めてやったのに」

小さく肩を震わせ、遊佐は初めて泣いた。二人を赦せない。想い出が優しい分。

氷凪の傷みを思う。無月の哀しみを思う。失くした苦しみは自分だけじゃないと何度も言い聞かせて。泣ききったら今日のことは忘れるつもりだった。後ろを向くのはこれを限りに。