遊佐と少し距離を取り、久住と対峙していた支癸が気色ばんだ。
 頭の中に最悪のシナリオも過ぎる。まさか遊佐が。いや有り得ない。
 自問自答の嵐が吹き荒れて支癸を追い込む。遊佐が敵に回るなぞ、考えたくもなかった。

「頭冷やせや・・・!なに乗せられてやがる。ンな素直なタマじゃねーだろが!ざけんなよ、遊佐・・・っ」

 冷静であればあろうとする程、灼けつくような感情が全身を突き抜ける感覚。怒りなのか怖れなのか、喉はカラカラに渇ききっている。

 そんな支癸を一瞥し、遊佐は冷めた横顔を見せていた。

「ギャーギャー喚くな、ガキじゃあるまいし。お前は昔っから短絡的すぎんだよ。頭冷やすのはどっちだっての。オレを止めるなんて百万年、早いんだよ」

「・・・言ってくれんじゃねーかよ」

 不穏な殺気が二人の間に立ちこめる。
 割って入れる者などなく、みな呆然とするしかない。まるでそこだけ重圧感が異様だった。誰も動けずただ息を殺す。

 これ以上の長居には業を煮やしたのか、久住が少し声を荒らげた。

「おい、遊佐よ。今は支癸と遊ばせてやる時間は無ぇから、さっさと」

「さっさと?」

 次の瞬間。遊佐が消えた。

 空を切る鋭い気配。
 支癸の目にすら、何も映らなかった。と思った。
 そして。
 火花を散らしたかの様な血飛沫が。
 断末魔の叫びすらなく、胴体を真っ二つに裂かれて久住は地面に転がっていた。

 離れた場所に、血糊を振り払い背の鞘に太刀を納める遊佐の後ろ姿があった。

「う・・・・・・そ、だろ」
 
 目の前で起きた光景を信じられず、支癸は擦れ声でようやく呟く。

 自分がどう斬られたのかも判らずに久住は絶命しただろう。
 何より、遊佐がこれ程の使い手だと知らなかったことにも愕然とした。滅多に太刀は武装しないのを、当たり前のように不得手だと納得しきっていた自分がやけに苦苦しい。

「・・・テメーが化けモンに見えたが、気のせいか?」

 支癸はぐっと拳を握り締め、表情ひとつ変えずに戻って来た遊佐に、そう悪態をついて見せるのが精一杯だった。

 見事な一撃といい、久住に隙を作らせる為の芝居といい、悔しいが一歩二歩先を行かれている。いや。どこか勝てる気がしないのは、昔からのようにも思う。

「オマエに褒められると気持ちワルイ」

 遊佐は肩を竦め、視線だけを傾ける。
 褒めてねぇよと憮然と返され、口許を緩ませたのも束の間、厳しい顔付きで支癸を促した。

「・・・城へ戻るぞ。若ダンナがお待ちかねだ」

 きっと間に合っている。希望と切望と。
 逸る心が、二人の足を急がせるのだった。