薬師の心得があった者に氷凪を託した無月は、城に残っていた全員に状況を伝え、動揺する一同を一喝すると、まずは不明者の探索と収容を急がせた。

「嵯峨野は姫を城へ。・・・頼む」

「・・・承知した」 

 表情こそ変わらなくとも、昏く陰った無月の眼差しを嵯峨野は見逃してはいない。

 いつもの無月であったなら咲乃へ自分の口で伝えただろうに、頼む、の一言でどれだけ今の無月に余裕が無いかが覗えた。
 これまでの日々を思い返せば、言葉では言い尽くせない激情が彼の中には渦巻いていることだろう。それを知っているからこそ、慰めなど容易に口には出来ない。
 ならば、己のすべきことは何か。
 嵯峨野はすでにその答えを決していた。
 咲乃の元に向かう背には、ひっそりと殺意が滲んでいた。仇討ちという名の揺るぎない殺意が。





 温かみの無い氷凪の頬に触れながら、無月は語りかける。

「・・・偉そうな事を言っていた割りにこのざまだ。お前の気が済むまで叱られてやるから、早く目を醒ませ・・・」

 軋み、たわんで今にも折れ曲がりそうな自分が、奥底で弱音を吐き散らす。
 氷凪ならきっと、らしくねぇ、とあの翡翠色の眼差しで真っ直ぐに見据えて来るのだろう。その顔がふっと浮かんで、無月は小さく我に返った。

 まだすべての決着はついていない。久住は強敵になるだろうが、遊佐と支癸なら負けはしない。揺るぎなく信じる。

「・・・お前が眠っている間に片付けておく。積もる話はそれからだ、・・・氷凪」

 無月の静かな声には力強さが戻っていた。

 もう、昨日までと同じ日々は二度と還らない。
 かつて友であったものも二度と。
 いつか。それすらも日々の糧になる。きっと、なるのだ。