『・・・逃げずにいると言うことは裁きを受ける気か。それとも』

『嵯峨野の手を煩わせるつもりはありません・・・。全て自分で決めたことです。・・・自分で始末をつけます』

 夏目を狂わせたのは久住への愛欲以外にないと、無月は見抜いていた。久住の言葉だけが真実となり盲目になった。
 迷いなく氷凪を突き通した後、彼女は何に気付いたのだろう。
 だとしてもその罪は万死に値する。 
 嵯峨野は抑揚も無く、ただ一言を夏目に放った。

『愚かだったな・・・』

 夏目が伏せ目がちに幽かに微笑んだのを、もちろん嵯峨野は知らない。
 その後ですぐ、嵯峨野は小さくくぐもった呻きと、床に倒れ込んだ音を背中で聴いた。
 自らの首を掻き斬り果てた裏切り者は、最期に夜見の誇りを思い出したのかもしれない。


 亡骸を一瞥した嵯峨野は見たままを無月に告げ、余計な感傷は口にはしなかった。そしてもう一方の気掛かりを問う。

「戦局は?」

「手勢は退いた。いずれこの代償は支払わせる。・・・久住の処断は、遊佐と支葵に任せてきた」

「・・・如月と内通していたのか」

「いや・・・。黒幕は別だろう。如月も嵌められたに過ぎない」

 無月の口ぶりではおおよその見当はついている様子だったが、報復は明言しなかった。
 氷凪が生死の境を彷徨っている中で、そこまで熟慮する余裕が無いのも事実だった。
 
「氷凪に顔向けが出来んな・・・」

 自嘲の笑みを歪ませた無月を嵯峨野は労わるように、静かに首を振ってみせた。