「・・・氷凪っっ、どこだ・・・ッ!!」

 荒い呼吸で肩を大きく上下させながらも、堪らずに無月は声を上げていた。
 一直線に本殿に突き進んでいく無月のそんな姿に、見張りは何事かと目を見張った。

「氷凪ッ!!」

 だが大広間に足を踏み入れた瞬間、無月が目にしたものは。
 血溜まりの中に斃れ伏した夏目と、顔色を失くし横たえられた氷凪、傍らに座している嵯峨野の三者だった。

「無月・・・」

 暗い眸で見上げた嵯峨野に、無月は頭の天辺からザァッと音を立てて何かが引いていく音を聴いた。

 間に合わなかったか。背筋に走った悪寒で身震いが止まらない。
 スローモーションで再生しているかのように、自分の躰の動きが細切れに見える。床にしゃがみ、ゆるゆると氷凪の口許に掌を当てた。
 微かに吐息を感じた気がして無月はハッと首筋に触れた。弱々しいがまだ脈動がある。生きている。
 無月は天を仰ぐようにしてきつく瞑目した。

「・・・すまない。まさか夏目が刺客とは・・・」

 硬い表情のまま呟くように言う嵯峨野に、無月は黙って首を横に振った。
 嵯峨野に責は無い。それは裏切りをその身に突きつけられた氷凪自身こそが、よく知っているだろう。

 横たわる氷凪は腹にさらしを巻かれ、上から着物を掛けられていた。
 左脇腹を小太刀で一突き。出血が酷かったのだと、ぽつりぽつり嵯峨野は話し始めた。