挑発的な嗤いを歪ませると遊佐は対峙したまま、無月に言い放った。

「コイツはオレらで殺る・・・! 城へっ」

 相手が悪すぎた。夏目を信じて疑わない氷凪がどれだけ無防備か。一縷の望みは嵯峨野だった。嵯峨野が気付きさえすれば阻める筈だ。
 最悪だろうと何だろうと、今は氷凪の強運を天に祈る以外ない。

「諦めんな、無月ッッ」

「・・・頼む!」

 遊佐の一言でいつもの自分を取り戻すと、無月は素早く踵を返し、城に向かって全速力で走り出した。久住を視界の端に捉えることすらせずに。

 愚かにも久住の告白を耳にした時点で、氷凪の生存は絶望的だと覚悟した自分。諦めるなと遊佐に尻を叩かれるまで、生きている可能性を簡単に手放していた。あの男なら手抜かりはないはずだと。
 存外、遊佐の方が冷静なのかも知れない。信じる相手を間違えもしなかった。

 苦しい呼吸に喘ぎながらも、懸命に脚を前に前に。
 何故こんなことになった。
 何があの男を狂わせた?
 接点は様々にあっただろう。しかし本気で石動を裏切るまでの野心がどこで目覚めたというのか。だが今となっては全て結果論でしかない。現実に起きたことだ。覆しようもなく。

 自分に言い聞かせ、無月はより客観的であろうとしていた。
 余計な思考が膨らんで、自身が呑み込まれそうになるからだ。他の誰よりも長く久住を識る分、言い様のない感情に絡みつかれそうだからだ。
 一刻も早く氷凪の元に。
 それだけを必死に思い留めて、無月は走る。
 いっそのこと潰れてしまえと願うくらいの、胸の痛みを堪えながら。