しばらく厳しい眼差しで遊佐達の行く先を見据えていた氷凪だったが、残った者に閉門と見張り、そして裏山に一人を走らせると、嵯峨野を促して本殿の大広間へと戻った。

愛刀を手に、五感全てを研ぎ澄ましながらじっと広縁に立ち尽くす。どんな些細な異変も逃さぬように気を張り詰めて。

横に並び立った嵯峨野はそんな年若い主の気負いを感じてか、変わらない穏やかな口調で話し出した。

「裏山に残して来た者達が気掛かりだったので、先に寄りました。姫の気丈さが移ったのか、皆しっかりしてましたから大丈夫です」

そうか、とだけ静かに返る。

「西宝寺の方も光彰殿がまとめ役に回ってくれたので。・・・もう少し早く戻るつもりでしたが申し訳ありません」

「いや。信頼の厚いお前だったからこそ、里の者も素直に避難を聞き入れてくれた。民に犠牲を出さずに済んだのは嵯峨野のおかげだ、礼を言う」

翡翠色の眸を真っ直ぐに向けて、氷凪は謝意を表した。

あらためて思う。未熟なりに一国の主を務めて来られたのも、全ては傍で支えてくれる皆があってこそだ。国を守らねばならない自分もまた、無月や嵯峨野達に護られて来たのだ。今までも今も、こうして。

もしも石動を存続させる為に、この首が必要ならいつでも差し出す覚悟はついている。氷凪は己の命を賭ける時を選び違えまいと、心に固く決していた。

「嵯峨野」

「はい」

前を見据えたまま凛とした横顔を見せた氷凪に、嵯峨野はついと目を細めた。何かを秘めているという予感。

「・・・この戦で俺に何かあったら千鳳院の後継は夕だ。直系じゃねぇが血筋には違いない。お前は即刻、西宝寺に向かい継承の段取りを組め。・・・いいな」

氷凪に兄弟はなく、まだ子もない。万が一を考えての遺言だった。嵯峨野はややあってから小さく息を吐き出し、返答した。

「承知しました。・・・と言いたいところですが、殿以外のことは範疇に無いもので」

「・・・・・・」

「甲斐にも言い置いて来ました。殿に万一のことあらば、西宝寺には永劫戻らぬからと」

無月よりも二つ上の割りに童顔な嵯峨野に目線を傾げられ、今度は氷凪が吐息をつく。

「・・・ったく。遊佐と言い、少しも俺の命令を聞きやがらねぇ」

「すみません」