「氷凪殿・・・っ、みな無事かっ?!」

 領民を避難させるべく西宝寺に向かわせた嵯峨野が戻ったのは、城での迎撃戦が氷凪達の圧勝で決着した頃だった。
 
「お、嵯峨野だ。おかえり」

 息を切らし、ここまで駆け通しだったらしい嵯峨野に、遊佐がいつもの調子で声を掛ける。

「ちょうど良かった。隊長達を追うから若ダンナを頼むわ」

「・・・遊佐!」

 同時に氷凪が強い目線で遊佐を制した。「俺が出る」

「無月も言ったろ? うっかり死なれちゃ困るんだよ。どーしてもなら、嵯峨野に止めさせるケド?」

「・・・っ」

 性に合わないと普段は装備しない太刀を背に帯刀し、遊佐は冷ややかに氷凪を見下ろした。

「向こうも、狙ってんのは若ダンナの首だってコト忘れんな。まだ城に何か仕掛けてくる可能性もある。気ィ抜くなよ? ・・・嵯峨野」

 言うだけ言い、横目だけで嵯峨野と物言わない会話を交わす。
 嵯峨野はしっかりと頷いて細く笑んだ。

「姫と天音殿は裏山の洞窟だ。心配ない」

「・・・そうかい」

 ふっと口許を緩ませ、だがすぐに〝夜見〟の表情に戻った遊佐は、5人ほどを連れて颯爽と城門の向こうに消えて行った。
 
 しばらく厳しい眼差しで遊佐達の行く先を見据えていた氷凪だったが、残った者に閉門と見張り、そして裏山に一人を走らせると、嵯峨野を促して本殿の大広間へと戻った。

 愛刀を手に、五感全てを研ぎ澄ましながらじっと広縁に立ち尽くす。どんな些細な異変も逃さぬように気を張り詰めて。
 横に並び立った嵯峨野はそんな年若い主の気負いを感じてか、変わらない穏やかな口調で話し出した。

「裏山に残して来た者達が気掛かりだったので、先に寄りました。姫の気丈さが移ったのか、皆しっかりしてましたから大丈夫です」

 そうか、とだけ静かに返る。

「西宝寺の方も、光彰殿がまとめ役に回ってくれたので。・・・もう少し早く戻るつもりでしたが申し訳ありません」

「いや。信頼の厚いお前だったからこそ、里の者も素直に避難を聞き入れてくれた。民に犠牲を出さずに済んだのは嵯峨野のおかげだ。礼を言う」

 翡翠色の眸を真っ直ぐに向けて、氷凪は謝意を表した。