その頃、西宝寺に無事に辿り着いていた無月の妻、遠子は本堂の廊下で、支癸と咲乃の父、光彰の姿を捉え思わず声を掛けていた。

「光彰様・・・!」

「遠子殿か。・・・いかがした?」

相変わらすの温厚な笑顔はだが心なしか、曇ってはないだろうか。光彰が側に立つと、遠子は声をひそめ窺うように見上げる。

「里はどうなっているのでしょうか。今頃は・・・」

刹那、光彰の顔から笑みが薄らいだが、心配はござらんよ、と言い切って見せた。

「夜見は手練れの集団だ、戦い方を心得ている。何より無月殿の強さは遠子殿も良く知ってござろう?久住をはじめ、里の命運を託すに足りる実力者揃いだ。皆・・・信じておるさ」

「はい・・・。・・・あの」

「ん?」

「咲乃様はやはり残っていらっしゃるのですね・・・?」

「言い出したら利かぬ娘でな。若殿の妻なれば当然だと・・・一歩も譲らなんだ。支癸もあれには弱い」

小さく笑う光彰の眼差しはどこか儚げだった。

愛おしい家族を戦場に送り出している者同士だからこそ、分かち合える想い。ただ無事でさえあってくれたら・・・と。

薄雲を引いた浅葱色の空に、寺の住職らが唱える読経が厳かに吸い込まれてゆく。遠子の、光彰の、誰もの祈りを乗せて。